番外編:3(三人となった頃)
10月2日の書籍発売を記念して、番外編を追加します
「この子はシシー、今日から貴女たちと一緒に私の影武者の仕事をする子よ」
レオノーラ殿下から唐突にそう一人の女の子を紹介されたのは、私、メアリーが殿下と入れ替わり公務を行うようになってからしばらく経ったときのことだった。
シシーと紹介されたその人は、私やララとは違ってきちんとした子爵家のお嬢様だった。私たちより少し年上に見える彼女は、か細い声で「これからよろしくお願いします」と挨拶をしてくれた。
「あー、これってより面倒なことになるってことよね?」
自分たちの使用人部屋に戻るなり、ララはベッドに寝転がったままそうぼやいた。この他人には言えない任務を手助けしてくれる人が増えるのは助かることだけど、あの後レオノーラ殿下から告げられた彼女のギフトを思い出すと、ララの言う通り面倒ごとは増えそうであった。
「他人の髪色を変えるギフトの持ち主って言ってたもんね。レオノーラ殿下、今までは客間とかで大人しくしてくださっていたけど、自分の髪色を変えてこれからは何をなさるつもりなのかしら?」
「あー、そっちもあったわね。本当、面倒ごとばっかり」
「そっちもって、どういうこと?」
ララの言う「そっちも」でない方が何か分からず聞き返した私に、彼女は寝そべったまま顔だけこちらに向けてこう言った。
「あの人のギフトも面倒ごとを引き起こしそうだけど、『子爵令嬢様』ってところも面倒くさそうってことよ」
「……それは、そうかもしれないわね」
レオノーラ殿下の下で仕事をするため、私とララは名義上貴族の養子となっている。しかし教育を受けているとはいえ、生粋のご令嬢たちと孤児院育ちの私たちでは違う点も多く、苦労をすることが多かった。
彼女たちは総じてプライドが高く、正統な血筋ではないのに養子として貴族に名を連ねているだけの私たちが王族であるレオノーラ殿下のお側に侍ることをよしとしていなかった。小さな嫌がらせなどは日常茶飯事だった。
ただの同僚に過ぎない彼女たちについては、嫌がらせは受け流して、仕事以外極力関わらないことで面倒ごとを回避してきた。しかし、シシーは一緒にレオノーラ殿下の影武者としての仕事をするのであれば、他のご令嬢方と同じ距離感では付き合えないだろう。
「なるべく彼女を刺激しないようにしながら、付き合っていきましょう」
「はー、メアリーと二人で仕事している方がよっぽど気楽なのにな」
そのように初対面の日は、私もララもあまりシシーに良い印象を持っていなかった。
「休憩室の空気が淀んでると思ったら、紛い物たちがいたのね。シシー様、彼女たちと一緒に仕事される際は気を付けてくださいませ。育ちが悪いだけじゃなくて、仕事もサボったりして態度も悪いんですのよ」
私とララが休憩室で休んでいると、シシーを連れたご令嬢たちが部屋に入ってくるなりそう告げてきた。彼女たちが私たちに嫌味を言うのはいつものことなので、私もララも普段はそういう言葉は聞き流していた。しかし、今日はシシーが彼女たちにどう返すのかが気になって、いつものように装いつつもこっそり聞き耳を立てていた。
「そうなのですね。王族に仕えるということを理解されていないのかもしれませんね。私も気が付いた点があれば彼女たちに注意致しますわ」
「あんな正統な貴族でない子たちには何を言っても無駄ですわ。血筋がそもそも違いますもの」
「けれどレオノーラ殿下にご迷惑はかけられませんから。私にできることはしなくては」
「まぁシシー様は真面目ですのね」
その後もご令嬢たちは私たちへの嫌味を含んだ会話を楽しそうに続けていた。目の前に座っていたララは嫌そうな顔を隠そうともせず、「やっぱりあの人も他の人と一緒だったわね」と小声でつぶやいた。私も少し残念に思いながら「そうみたいね」と小声で返した。
そこからはレオノーラ殿下と入れ替わりをする際も、私とララはシシーとは最低限の付き合いに留めるように努めた。三人でいるときの彼女は、こちらに攻撃的な言動をしてくることはなかった。それだけでも十分助かるわと思いながら、私たちは表面上の付き合いを続けていった。
そんな中、ある日、私はレオノーラ殿下から急に公務の肩代わりを命じられた。その日は運悪く私とララは事前に言いつけられていた仕事があったので、苦しい言い訳を重ねて何とか仕事を抜けて、殿下の肩代わりを行った。
そのせいもあって、入れ替わりを終えて仕事に戻ると同僚のご令嬢からいつもよりも厳しい言葉が投げつけられた。
「まぁ遊びふけっていた子たちが戻って来たわよ」
「よくここに顔が出せたものね。私なら恥ずかしくて無理だわ」
「そういうことを気にするような子たちでないことはとっくにご存じでしょう?」
公務の肩代わりのことは言えないため、いつものように言われるままにするしかなかった。グッと耐えるような表情をするララと二人、休憩室の隅のテーブルにつこうとすると、後から部屋に来たシシーに唐突にこう声を掛けられた。
「メアリーさんとララさん、少しよろしいかしら?今日のお二人の態度は目に余りますわ。場所を変えてお話をさせてください」
シシーはそう言うと、私たちが返事をする前に、やや強引に私たちを休憩室から連れ出した。そして、恐らく彼女の私室であろう個室まで無言で連れて行った。
シシーの私室のドアがパタンと閉まったとき、先に口火を切ったのはこの部屋へ私たちを連れ出したシシーではなく、ララだった。
「あのさ、貴女は私たちが今日何をしていたかを知ってるわよね?なのに、なぜ私たちをお説教するために呼び出したの?そんなに私たちに嫌味でも言いたい訳?」
ララの口調はかなりキツいものであったが、言っている内容は賛同できるものであった。彼女は私たちが今日持ち場を離れた理由を知っているはずなので、なぜここに連れてこられたのかが分からなかった。
どうして、と思いながらシシーに視線をやると、彼女はいきなりガバっと勢いよく頭を下げた。
その行動は予想していなかったのか、それまで嚙みつかんばかりの勢いであったララも言葉をなくしていた。黙ってしまった私たちに向かって、シシーはこう告げた。
「ごめんなさい。でもあの場で貴女たちがあんな風に非難されているのを聞いていられなくて。ああ言えば他の人たちと波風立てずに、貴女たちを連れ出せると思って言ってしまったの」
あまりにも唐突な告白に、私とララはすぐ言葉を返すことができなかった。しかし、しばらくして彼女の言葉の意味が飲み込めたとき、やっと私たちはシシーの目的を理解することができた。
「もしかして、私たちをあの場から連れ出すために、あんなことを言ったの?」
確かめるように私がそう問いかけると、シシーはこくりと頷いた。
「あの場で表立って貴女たちの味方をするより、ああした方がこの先のことも考えるといいかと思って」
そのシシーの言葉を受けて、ララが大きく息を吐いた後こう言った。
「はー、何それ。間違えて怒っちゃったじゃない。言葉が足りなさすぎるわよ貴女。まぁあの場で正直にそうは言えないだろうけど、誤解しちゃうところだったわ」
「ごめんなさい」
「いいのよ!謝らないで!むしろ私に謝らさせて。私こそ、貴女のこと他のご令嬢と同じ嫌味なお嬢様だと思っていたわ。ごめんなさい」
「私もです。ごめんなさいシシーさん」
私もララも頭を下げたため、そのとき部屋にいた三人全員が、謝罪のために頭を下げていた。そんな変な状況にまず耐えられなくなったのはララだった。
「……あっはは。何これ。皆、頭下げてる、ふふ。てかシシーさん、貴女は謝らなくていいのよ」
「そうですよ。私たちは貴女のこと誤解しちゃってたから謝らないといけないけど。本当にごめんなさい」
「いえ、私もララさんたちにきちんと自分の考えを伝えていませんでしたから。ややこしくさせてしまいましたね」
「ややこしいって言うか、考えをくみ取れるほど、私たち貴女のこときちんと知れていなかったわ。ね、折角個室に三人だけでいるんだし、私たち、お互いのことしっかり話さない?これからも任務を一緒にやっていく仲なんだし」
「いいわね、ララ。私、そうしたいです。シシーさん、いいですか?」
そう聞くと、シシーは今まで私たちが見たことがないような笑顔でこう答えてくれた。
「ええ、もちろん喜んで」
それは私達が初めて見た彼女本来の笑顔だった。




