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二話

影武者。


告げられた瞬間は意味が分からず固まってしまったが、少し落ち着いてくるとじわじわとその意味が理解できるようになった。

そしてそれと同時に今まであった不可解な出来事もパズルのピースが噛み合うように色々と理解できるようになった。


まず先ほど私だけが紅茶を飲まされた件は、きっと私がお姫様の代わりを務められるような所作ができるかどうか見極めようとしたのだろう。今までミドラー夫人から貴族のマナーだけでなく歩くときの足運びなど妙に細かなところまで教え込まれたのは、きっとお姫様の動きに私を近づけさせるためだったのだろうと思った。


そして幼かった私がこの仕事に選ばれた最大の理由。それには私のギフトが関係しているのだろう。


レオノーラ殿下のお姿は姿絵でしか見たことがないが、王族特有の美しいプラチナブロンドの髪であったはずだ。あんな美しいお髪のカツラを作ることはきっと難しいだろうし、何より私なら触れさせてもらえれば一瞬で髪色を全く同じものに変えることができる。瞳の色も同じ明るめのグリーンであったはずなので、殿下と同い年の私は影武者にうってつけの存在であるはずだ。


私の顔立ちは殿下のように美しくはない。しかし不用意に近づけさせず、近くに人がいても顔を伏せてしまえばきっとある程度はごまかせるのだろう。


そうして納得できることがある反面、分からないこともいくつか残っていた。その一つが隣にいる赤髪の少女だった。影武者になるのが私だとして、彼女は一体何者なのか未だ分からないままだった。



疑問は残ったままであったが、私たちは新しい上司であるレオノーラ殿下専属の執事、ギルバード様に連れられ別室へと移動した。連れていかれたのはお城の更に奥にある、先ほどより豪奢な部屋であった。

そこに着くと私たちは深く頭を下げた姿勢で待つよう指示された。最敬礼の姿勢と「声がかかるまで顔を上げないように」と言う言葉からまさかと思っていると、奥の重い扉が開き、カツンカツンという華奢なヒールの音が聞こえてきた。


宝石で装飾された美しい靴を履いた少女は私たちの近くまで()()()()()()()()()で歩いてきて、目の前のソファセットに優雅に腰かけた。そして私たちをしばらく見つめた後、こう声をかけてきた。


「ねぇどっちが私の身代わりになる子?」


私が何かを答える前にギルバード様がすぐさま返答をした。


「殿下からご覧になって右に立つ者です。名をメアリーと申します」


「そう、ねぇメアリー、顔を見せてくれない?」


そう言われて私は恐る恐る顔を上げた。

それが私とレオノーラ殿下の初めて対面だった。




「なぁんだ、全然私に似てないじゃない」


それがレオノーラ殿下の私に対する第一声であった。確かに初めて近くで見た殿下は肌が透き通るように白く、目もぱっちりと大きく、まつ毛なんかも私の倍ぐらいありそうなほどだった。こんな美しい人に私が似ていないのは分かっていたし、私は遠目で見てバレない程度の影武者なのではないのかと思っていると、横からギルバード様が予想していなかったことをおっしゃった。


「メアリーは髪を変えるギフトの持ち主です。一時的にですが殿下と全く同じ髪質、髪色にすることができます。そしてその横にいるララは一時的に人の顔を少しだけ変えるギフトを持っております。顔が似ることで声も似るようになることも確認しております。

二人のギフトを合わせればこのメアリーを殿下にそれなりに似た容貌、声にすることが可能です」


ギルバード様の言葉で隣の少女、ララがなぜ私と共にここに連れてこられたのかが理解できた。私は髪、彼女は顔の担当のようだった。


「へー、面白い!見たいわ。ねぇギルバード、今やって見せてよ」


まるで見世物を楽しむような殿下のお声により、私とララはギフトをその場で使うこととなった。



「まずはメアリーが髪色を変えます。お髪に触れることをお許しください」


「許可するわ」


レオノーラ殿下のお言葉を受け、私は恐る恐る殿下の髪の毛先に指を触れさせた。ギフトを使うときの独特の体の中を何かが通っていくような不思議な感覚を感じていると、視界にあった私の髪が殿下と同じ美しいプラチナブロンドへと変わった。


「すごいわね!一瞬で変わったわ!次は顔ね!」


「はい。ララ、こちらへ。ララは殿下に触れる必要はございません。ただし目の前にご尊顔がある方がイメージが正確になるため御前には立たせていただくことになります」


「見るぐらい構わないわ。好きになさい」


殿下がそうおっしゃったのを受け、ララが私の元にやってきて私の手を握った。ララが殿下のお顔を見ながら、握る手に力を加えたと思った瞬間、顔を何かで優しくなでられたような、不思議な感覚がした。


自分の顔は見られないため私は今自分がどうなっているかよく分からなかったが、目の前にいらっしゃった殿下の反応は顕著だった。


「すごいわね!これがさっきの冴えない顔をしてたメアリーなの?これなら姿絵でしか私を見たことない人ぐらいなら欺けそうね」


「二人ともまだギフトの能力は向上中です。ララの能力が上がればより完成度を上げることが可能かと思われます」


「ふーん、もっと似せられるようになるのね。楽しみ。

えっとメアリーとララだっけ。二人とも使えることは分かったわ。これからよく私に仕えなさい」


殿下は悠然と微笑みながら私とララにそうおっしゃった。これが私のレオノーラ殿下の影武者としての生活の始まりであった。



ララと私は手続きを経て貴族の養女となり、便宜上レオノーラ殿下付きの侍女見習いということになった。正式な侍女になるには年齢が足りないが、身代わりとなる者として周囲に不自然に思われず殿下のお側にいるためにそういう仕事を与えられた。ララも同じ職を与えられていたが、特に私は可能な限り殿下のお側にいるよう指示をされた。それはいざというときに私のギフトだけの状態でも殿下と入れ替わるためだけでなく、殿下の動きや殿下が周囲の人とどのようなやり取りをしているかを私に覚えさせるためだった。ここに来る前にも存分に叩き込まれたように、身代わりになるには単に見た目だけを繕えばいいというものではないようだった。


同じく私の動きや教養をレオノーラ殿下に近づける一環として、私は殿下が受けられる教育も一緒に受けることとなった。殿下が家庭教師から勉強などを教わっている部屋の壁際に立ち、その内容を拝聴することとなった。しかし私も同時に学んでいるということを家庭教師に悟られてはいけないため、ノートを取ることもその場で教本を見ることも許されなかった。さらに侍女見習いとしてその場にいるため授業の終盤には休憩用のお茶を用意したりもしなければならなかった。それでいて私が殿下の理解していることを習得しないということは許されなかった。レオノーラ殿下ができることは影武者である私にも必ずできるよう求められた。そのため、仕事が終わってからも自室で秘密裏に支給された教本で毎日必死に復習をした。


そうしてレオノーラ殿下のお側にいて、彼女と同等の教養や所作を身に付けつつ、侍女見習いとしての仕事もし、さらにギフトの能力を上げる訓練も行うなど気の休まる暇もない毎日を私は送っていた。本当に大変な日々だったけれども、それに耐えられたのには二つの理由があった。


一つ目は同じ秘密の任務を行うララの存在だった。彼女も私と同じく孤児院出身で、ギフトの能力を買われてここに来たのだった。使用人室で同室だったのもあるが、この気位の高い貴族ばかりの環境の中で同じ平民育ちの彼女は唯一気楽に話をできる存在だった。最初は緊張のためお互いぎこちなかったが、打ち解けるとカラッと明るい性格の彼女のことが私は大好きになった。

それだけでなく、ララは殿下のお側を離れることができない私をさりげなくフォローもしてくれていた。私がお礼を言うと「メアリーの方が大変な仕事を任されてるのよ。私にできることぐらい頼って!」と明るい笑顔で返してくれた。伯爵家にいるときは一人でミドラー夫人の厳しい教育に耐えていたため、私のことを思ってくれる味方がいることはすごく心強いことであった。


そして二つ目はこの仕事に就く前にギルバード様が約束をしてくださった、この危険で重要な任務を行う報酬として、私とララが育った孤児院の支援を行ってくださるということだった。市井の孤児院のほとんどは寄付や国からの補助金で成り立っている。私ががんばることで先生やみんなの生活がよくなると思うと、しんどい日々もがんばることができた。




そんな慌ただしくも、ある意味平穏だった日々はそこから一年ぐらい続いた。影武者と言っても王族であらせられるレオノーラ殿下が危険な目にあうことはなく、私は『万が一』のための存在に過ぎなかった。だからといってレオノーラ殿下のような振る舞いができるようになることに手を抜いてはおらず、毎日やらねばならぬことに忙殺されていた。それでも思い返せばあの日までの日々は、それでも本当にまだマシなものだった。



運命が変わったのはレオノーラ殿下と私が11歳だったあの春の日、隣国であるラッセン帝国の要人の同年代の子どもたちと殿下が顔を会わせるお茶会が開催された日だった。


ラッセン帝国とは30年ほど前に和平条約を結んでいるが未だに友好とは言いがたい関係にあった。そんな中で迎えた帝国の要人たちをつつがなく歓待することは外交上とても重要なものであった。レオノーラ殿下も普段は小難しい公務を嫌ってはいたが、今回の重要性はよく感じられているのかぶつぶつと文句を言いつつもしっかり対応をされていた。


しかしお茶会の当日の朝、レオノーラ殿下を起こしに向かう侍女についていくと、殿下はベッドで顔を少し赤くしながら横たわっていた。慌てた侍女が確認すると、殿下は少し熱を出されていた。重要なお茶会であったが殿下の体調が優れないのであれば中止もやむなしかと思われていたが、それに待ったをかけた人物がいた。


それは熱を出した当人であるレオノーラ殿下だった。


「私のことを自己管理もできない王女みたいに思われるのは絶対に嫌よ。このお茶会、やるわ」


「しかし殿下、そのお身体では無理と思われます。どうぞ御身を第一にお考えくださいませ」


必死に説得をしようとするギルバード様に、レオノーラ殿下は人払いをしてからこうおっしゃった。


「もちろんこんな辛い思いをしている私がその場に行くつもりはないわ。代わりなら、ほらそこにいるじゃない」


レオノーラ殿下は薄く笑いながら、私を指差してそうおっしゃった。

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