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十四話

天候は私たちを祝福するかのように雲一つない快晴。帝国式の純白のドレスに身を包んだ私は、祝賀パレードの馬車に揺られながら、隣に座る私の夫となった人を見た。


麗しい容貌は出会ったあの頃より精悍さを増していて、撫で付けられた前髪から少しだけ落ちる髪が何とも言えない大人の色香を彼に足していた。

幾度も見てきた顔を思わずうっとりと見つめていると、「レオノーラ、そんなに見られるとさすがに照れるよ」と彼が小声で伝えてきた。


「ごめんなさい、セドリック様。けれども貴方への愛はどうしても溢れてきてしまうのです」


感情のままに頬を染め、潤んだ瞳で彼を見上げながらそう伝えた。彼は甘く微笑むことでそれに応えてくれた。


パレードや格式張った儀式を全て終わると、侍女に全身をくまなく磨かれ、柔らかなシルクの夜着を身に付けられた。肌は吸い付くような柔らかさになっていて、塗り込まれた香油が微かなローズの香りを放っていた。


今まで多少の火遊びは経験があっても男性と夜を共にするのは初めてだった。緊張と羞恥で肌を少し赤く染めながら寝室に入ると、同じく夜着姿のセドリック様がいた。華やかな装飾を削いでも彼の魅力は霞むことはなく、むしろ普段見せることのない素肌が見えることで、彼の異性としての魅力は増しているように感じた。


手招きをされ、寝台で座る彼の横に腰をかけた。恥じらいから彼から少し離れたところに座ったのに、彼は私の腰を抱き寄せることでその距離を一瞬でないものとしてしまった。


私の顔に彼の影が落ちた。


「レオノーラ、やっと君を俺のものにできる」


私は出会ったあの日から身も心も貴方のものです。そう答えたかったが、私の声は彼の唇により奪われてしまった。




セドリック様との結婚式から早いもので二ヶ月ほどが過ぎた。生活が落ち着くのを見て、ポツポツと皇太子妃の仕事が割り振られるようになった。といってもその内容は王国にいた頃に担当していたような小難しいものはなく、お茶会に出たり、セドリック様の横で美しく微笑んだりすることぐらいであった。


私は帝国語は日常会話をするには問題ないが、会議など専門用語が増えると少し付いていけないところがあった。そのため本当なら落ち着いた頃を見計らってメアリーとララを、不貞に関わったことを贖罪させるため私の元で働かせるなどと理由を付けて呼びつけるつもりだった。そうしてまた仕事をさせようと思っていた。それなのにあの女たちは『アルベルトとの不貞に関与した』ということでお父様によって侍女をクビにされてしまっていた。


国王であるお父様の決断は覆せないので、せめて何とか見つけ出して帝国まで連れてこようと思い王国の者にさりげなく彼女たちの現状を尋ねてみた。しかし「レオノーラ殿下にとんでもない不敬を働いた罪人は今も監視下に置いております。殿下の目に触れることは万が一にもございませんのでご安心ください」と返されるだけで、その後の消息を掴むことができなかった。

そのためこれまでのようにメアリーに面倒くさい仕事を任せられなくなってしまった。


何とか誤魔化しながら割り振られた公務を行っていたのだが、ある日セドリック様から私の言語力が不十分なのではないかと指摘をされてしまった。私は泣きそうな気持ちになりながらも正直に彼に言語に不安があることを伝えた。すると彼は「君はいてくれるだけでいいんだ。無理のない範囲で私を手伝ってくれれば十分だよ」と優しく言ってくれていた。

そこからは彼の言葉に甘え、変に見栄は張らず難しいものはそう伝えることにした。そうすると彼は「分かったよ」と優しく微笑み、私の仕事を調整してくれた。そこから小難しい仕事は回ってこなくなった。


素晴らしい夫に愛され、未来の皇后として敬われ、本当に幸せな日々だった。


しかし何もかもが満たされた生活は、ある日急に音を立てて崩れていった。



「セドリック様!側室を迎えると聞きましたが嘘ですよね?私たちまだ結婚して二ヶ月も経っていませんもの、そんな訳ありませんよね?」


その話を耳にしたのは偶然だった。普段はあまり足を伸ばさない庭園までたまたま散歩に出掛けたとき、見知らぬ侍女たちが噂話をしているのが聞こえてきたのだった。


「ねぇやっとちゃんとした後宮の主人がやってきてくださるそうよ」


「やっとね。助かるわ。あのお姫様何もしてくれないんだもん。それで側室様の輿入れはいつなのかしら?」


「調度品とか準備が整ったらすぐだって。忙しくなるわよ」


それを聞いた私は、私に付いている侍女たちが止めようとするのを振り切って、セドリック様の執務室に飛び込んだのだった。



部屋に入ると一目散にセドリック様に駆け寄り、彼にそう声をかけた。

「どこでそんな根も葉もない噂を聞いたんだい?」と優しく私を受け止めてくれると思っていた彼は、一瞬射抜くような視線で私を見たように思った。そう思った自分が信じられなくて、私はもう一度彼に視線を向けた。すると少し困った顔をしてはいたが、セドリック様はいつも通り私に優しい顔を向けてくれていた。


「レオノーラ、どうしたんだい?私は今執務中なんだが」


「すみませんセドリック様。でも気になる噂を耳にして、いてもたってもいられなくなって。どうしてもお顔を見たくなってしまったんです」


「その噂というのが側室がどうのと言うやつなのかな?」


「はい、あり得ない噂だとは思っているのですが不安になってしまって……」


目に涙を浮かべながら私はセドリック様を見つめた。優しい彼は、私がこんな悲しげな顔をしたらいつもすぐに抱き締めてくれていた。今日もきっと執務なんて放り出してても私を抱き締めてくれると信じきっていた。


しかし彼が返してきたのは正反対の言葉だった。



「あり得ない噂ではないよ。それは事実だ」



彼の言葉に、私は目の前が真っ暗になるのを感じていた。側室?私がいるのにどうして?

私が何も言えずに立ち尽くしていると、セドリック様は執務室にいた事務官を退室させていた。二人きりになった部屋で、いつもの優しい、美しいお顔でセドリック様は私にこう言った。


「レオノーラ、二人で少し話をしようか」


セドリック様に手を取られ、ソファまで導かれながら、私は必死に考えを巡らせていた。噂話を聞いてカッとなってここまで来てしまったが、落ち着いて考えてみるともしかしたら政治的な問題で彼も無理矢理どこかの娘を押し付けられたのかもしれないと思った。そうでなければ、私に対してこのように堂々と側室を迎えると言うことはないと思った。

そんなことを思いながら、私は彼の横に座った。


「遅かれ早かれ君には話をしないとと思っていたんだが、部外者から聞かせることになってしまって申し訳なかったね。

近々、元々私の婚約者候補の一人であった侯爵令嬢が私の側室としてこの王宮にやってくる。公式行事では同席することもあるだろうが、君の立場も仕事も何も変わらないよ。安心してほしい」


「セドリック様、その、どうしてこんなにすぐ側室を迎えるのですか?何か内政の問題でしょうか?お辛くはありませんか?」


望まぬ結婚に心を痛める彼を慰められるのは真に彼に愛されている私だけ。そういう気持ちを込めながら彼に問いかけた。


「内政か、まぁ確かに一番の理由は政治の問題だね」


「やはりそうですか。セドリック様のお辛い心中お察しします」


私は悲鳴を上げる自分の心に蓋をして彼に美しく微笑みかけた。これが少しでも彼の心を癒してくれるよう気持ちを込めて彼を見つめた。


セドリック様はそんな私を優しく見つめ返してくれながら、こう私に答えた。




「辛い?まさかそんなことはないよ。これは国のために私が手配したことだからね」




私は彼の言葉の意味が分からず、目を見開いたまましばらく彼を見つめてしまった。私の瞳に映る彼は確かに昨日寝室で私に愛を囁いてくれた彼のままであった。美しい容貌も、向けてくれる優しい笑顔も今や私の側に馴染んだものであるはずなのに、そのとき私ははっきりとは言えないが、彼が全く別の人間になってしまったように感じていた。


背中を嫌な汗が流れるのを感じながら、私は彼にこう聞いた。


「で、でもセドリック様、貴方は前に側室のことを心配する私に『レオノーラさえ側にいてくれればそれでいい。世継ぎの問題などさえなければ、私たちには必要ないよ』と言ってくれたではありませんか!?あれは嘘だったんですか!?」


「まさか。あのときは本気でそう思っていたし、そうするつもりだったよ。けれどあのときの私は『レオノーラ殿下は周辺諸国の言語を流暢に操り、外交手腕に富み、内政についても優秀である』という評価を聞いていたからこそそう伝えたんだよ?実際王国にいるときに君とそういう話をしたときに、君は自分にはその能力があると言っていたじゃないか。数多の成果や評判は自分のものだと言っていただろう。


しかし実際に婚約後、君に仕事を任せてみたらこの国の言葉でさえ詰まるような状態だし、政治の話をしてもニコニコと笑うだけで何も意見すら言わない。


君は私に約束を違えたと言いたいようだが、むしろそれは私の台詞でもあるんだよ?君ができると言ったことをやっていてくれていれば側室は必要なかった。でも君はできなかった。なら公務を行ってくれる女性を私が求めることは必然だろう」


セドリック様のお言葉に所々に公務をできなかった私のことをおっしゃる言葉は含まれていたが、先ほどの彼の言葉を聞いては私は少しばかり安堵することができた。

彼は『公務を行う女性が必要』と言った。何だ、彼は公務を担当する()()の女を側に置くだけなのだ。先ほど私の地位は変わらないと彼は言ってくれていた。彼の事情も考えず、側室という言葉に反応を示してしまった己を恥じた。


「分かりました。セドリック様がそのような事情で側室を迎えることは理解致しました。けれども気持ちとしては不安にもなります。夜は必ずこのレオノーラの元へ帰ってきてくださいね」


仕事をするだけの女にそんな心配は要らないかとも思ったが、私が寂しく、不安に思っていることをアピールするために彼にそう伝えてみた。彼の寵愛は全て私のもの。確固たる自信のもと彼にそう告げた。


「分かってくれてありがとう、レオノーラ。


でも彼女の元にも私は通うことになるよ。側室とも子を設けるつもりだ」


しかしセドリック様は私が思ってもいなかった言葉を返してきた。


「どうして!?まだセドリック様と寝室を共にして間がないだけで、私はいずれは貴方の子を身籠ります!そんな女にご寵愛を向ける必要などないではないですか!」


「君との子はいずれは授かるだろう。しかし帝国の王室は子の教育は母親が全てを担う。必要な乳母や教師の手配まで全てだ。基本的に私は関与しない。

噂に聞く優秀な君になら任せられたが、現実の君が優れた次代を教育できるとは思えない。だから他の優秀な母親となる女性を迎える部分もあるんだよ」


「そんな……そんな……。セドリック様は愛してもいない女を抱けるとおっしゃるのですか?」


「ははっ変なことを聞くね。当然だろう、私は王族だよ。国のために必要ならどんな醜女でも抱くさ。


それに愛がなくても問題はないことは既に立証されているよ。現に君を抱けているんだからね」


「……え?」


思わず息が止まった。

彼は今、なんと言った?


聞こえてはいたが頭がその言葉を理解することを拒んでいた。知らぬ間に目に涙が浮かんでいた。滲む視界で美しく微笑んでいた彼は、まるで愛でも囁くような表情のまま私にこう言った。


「私は愛していない君を抱けている。心配は無用だよ」

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