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十一話

牢での生活は非常に単調なものであった。

早朝に看守に起こされ、三度の食事が提供され、日が落ちるとただでさえ少ない光源が落とされる。


五日目まではここに来てからの日数を数えていたが、変化のない生活に途中からは数えるのは止めてしまった。意味がないと気づいたからだ。


何もすることがなく、思考を奪うような日々だった。このまま死ぬのだろうかという考えがよぎる頻度が上がり始めていたある日、私の元へ初めての面会者が現れた。それは何故か少しくたびれたメイドの服を着たララだった。


「ああ、メアリー!!よかった。あなたが無事で。本当によかった」


ガシャンと音を立てて、ララは牢の格子にぶつからんばかりの勢いで私の近くにやってきてそう言った。近くで面会を監視していた看守がララが格子を掴んだ瞬間に動くような素振りを見せたが、ただ私を見つめ大粒の涙を流すララの姿を見て、彼は静観する姿勢に戻った。

牢の格子のざらついた錆が手に付くのもいとわず、ララは格子をぎゅっと握っていた。込められた力にどれだけ彼女が私を心配してくれてたのかを見たような気がした。「よかった」とただ繰り返す彼女に、ここの生活で死にそうになっていた心のどこかが、ふわりと救われたような気持ちになった。


「メアリー、身体は大丈夫なの?酷い目にあったりしていない?」


「心配してくれてありがとう、ララ。見ての通り私は元気よ。ここに閉じ込められているけど、それ以外は何も起こってないわ」


「そう、ならよかったわ」


「ララこそ、その格好はどうしたの?いつもの侍女服はどうしたの?」


私がそう尋ねると、ララは看守をちらりと見やり、言葉を選びながらこう返事をした。


「これはね、あー、ちょっとした懲罰なのよ。私、ちょっとある建物に勝手に入っちゃって。不法侵入ってやつなのかな。それでここ二週間ほど洗濯メイドの仕事をしてるの。

昨日までは自由時間も持たせてもらえなくて、今日やっとここに来る時間が取れたの。あなたの顔が見れて本当によかったわ」


ララは言葉を濁そうとしていたが、私は彼女が懲罰に至った理由に気づいてしまった。二週間ほど前、それは恐らくだけど私がこの牢に入れられた日だった。


「ララ、あなたにまで私、迷惑を……」


謝罪の言葉を言おうとしたが、それはララの言葉によって遮られてしまった。


「私の行動は私が決めて、私が行ったのよ。それはメアリーの問題じゃないし、私は後悔はしてないわ。

それに洗濯メイドの仕事は中々楽しいのよ。面倒くさいマナーを口煩く言われないし、同僚の子は気のいい子ばっかりだしね。久々に全身を動かす仕事を実は楽しんでるの。私を見張ってるメイド長には内緒だけどね」


ララは笑顔でそう言い、私に謝罪をさせる気はなさそうだった。謝罪はできなくとも、あの日色んなリスクを承知の上で私を探し回ってくれたであろう彼女に感謝だけは伝えたかった。会話としては噛み合わないものだったけれど、「ありがとう、ララ」と私は彼女に伝えた。


ここは看守の目があるので、いくらララとの会話でもレオノーラ殿下との入れ替わりのことは言えなかった。そのため雑談を装いながら、ララは私にこう伝えてくれた。


「メアリーも早くここから出られるといいわね。今、城内はレオノーラ殿下の輿入れのお祝い一色よ!殿下はお慕いされていたセドリック皇子と結ばれることになったのよ。私も一度だけ遠目でだけど並び立つ二人を見たわ。お二人ともとても幸せそうだったわよ。

レオノーラ殿下は二日後には帰国されるセドリック皇子と一緒に帝国に渡られるのですって」


ある程度予想はしていたけど、やはりレオノーラ殿下はあの偽りの不貞でアルベルト様を婚約者候補から外し、セドリック皇子と結婚することになったようだった。この事実を聞いて、私はここにいる間ずっと気になっていたことを、恐る恐るララに聞いた。


「それはとてもおめでたいことね。私も許されるなら殿下の輿入れのお姿を拝見したいわ。

ところで、ねぇララ、殿下には確か国内の貴族の婚約者候補の方がいたのではなかったかしら?」


彼がどうしているかだけが、ここでの私の思考を支えていた事案だった。祈るような気持ちで、ララからの返答を待った。


「そう、いらっしゃったわよ。でも、噂では彼は想い合う二人のために自ら身を引いたらしいわよ」


「そう、そうなのね」


ララの言葉から、表立ってアルベルト様に不名誉な噂が立っていないことは知れた。実際の処遇はまだ分からなかったけど、それだけでも私は少し安堵した。



そこからは面会時間いっぱいまでララとおしゃべりをした。

「差し入れも持ってこれるみたいだから明日はクッキーでも持ってくるわね!」と言って、笑顔で去っていった彼女を見送った。


その日もこれまでと同じく日が落ちるとすぐ牢の中は真っ暗になった。昨日と同じ景色のはずだけど、その日の私の目にはその暗闇が違っているように映って見えていた。昨日までのようにその光景に心がずしりと暗くならなかったのだ。

それは多分今日ララと会えたからだと私は思った。自分では気付いていなかったけど、心は確実にここでの孤独な生活に疲弊していたようだった。私は改めて長年の友人に心の中で感謝をした。


翌日、宣言通りララは休み時間にクッキーを持って面会に来てくれた。最近の賄いのメニューのこと、同僚の女の子たちのこと、ララは明るい話題を次々語ってくれた。

そして最後に、その日はこう残して仕事に戻っていった。


「明日はレオノーラ殿下の輿入れで忙しそうなの。急な話だからどこも人手が足りてないの。多分明日は来れないと思うわ。

けど、明後日は輿入れのお祝いで出るちょっといいお菓子を持ってくるわ!楽しみにしていてね!」



翌日、城内は私が起こされる早朝の時間からざわざわと騒がしかった。地下にあるこの牢までも賑やかな声が届いていた。歓声は昼頃にピークに達した。きっと今、レオノーラ殿下の輿入れのパレードが出発したのだろう。


長らく仕えた主人の門出であるのに、あまり感情は動かなかった。気にかかるのは、アルベルト様が今どうされているかということばかりだった。

彼は今どんな立場で、何をしているのだろうか。こんな場所にいる私がそんなこと知り得るはずもないのに、心は繰り返し彼のことばかりを思い起こさせていた。



レオノーラ殿下の輿入れの翌日、朝早い時間に私の元に新たな面会者が訪れてきた。その人物はギルバード様だった。


看守を伴って現れた彼は私にこう端的に伝えた。


「この度のレオノーラ殿下の慶事により、お前には陛下より恩赦が与えられることになった。しかしお前の行いは看過できないものである。そのため、今日付けでお前には侍女の仕事は辞してもらう。今から私の付き添いのもと私物をまとめ、すぐにこの城から出ていくように」


ギルバード様のお言葉が終わると、すぐに看守が牢の鍵を開けて私を出してくれた。私はギルバード様に連れられ、自分の使用人部屋に久しぶりに戻った。


しばらく留守にしていた自室は、少し埃っぽく感じた。しかしそんなことを気にしている暇はなかったので、ギルバード様の監視の元、私は少ない私物を手早くまとめ始めた。

元よりここでの生活はレオノーラ殿下が全てであった。そのため、己のものはほとんどなかった。少ない現金と身の回りのものだけを小さなボストンバッグに詰めるだけであったため、準備はすぐに終わってしまった。

少なすぎる私の荷物を見てギルバード様は何かを言いたげにされていた。しかし結局彼は何もおっしゃらなかった。


部屋を出ると、先ほどのお言葉にあったとおり私はこの城の裏門まで連れていかれた。門で放り出されると思っていたのに、ギルバード様は門を出ても無言のまま私の先を歩き続けていた。それを少し不思議に思いながらも、私は黙ってギルバード様に続いた。


裏門を出てしばらく進んだところに、一台の質素な馬車が停められていた。ギルバード様は「付いてきなさい」と言ってその馬車に乗り込んだ。


私も馬車に乗ると、そこにはギルバード様以外に、優しそうな表情をした40代ぐらいの女性もいた。彼女は誰なのだろうかと思っていると、そこまでほぼ無言であったギルバード様がこう話しかけてきた。


「まずは君に謝罪をしたい。レオノーラ殿下が行ったことは大まかにではあるが把握している。本当に申し訳なかった。殿下を止めることも、殿下のしたことを覆すこともできなかったのは全て我々の責任だ。


我々は普段から君が殿下の肩代わりをしてくれていたことも知っていた。それでいて殿下を諌めるよりも、君の作り出す完璧な殿下に頼るという楽な方を選んでしまっていた。その甘さが今回のことを引き起こしたのだと思う。本当に申し訳なかった。


それから殿下の行いはある程度早い段階から掴んでいたのだが、君の任務のことを知る人間が少ないため、こうして君を連れ出すのに時間がかかってしまった。それについても本当に申し訳なかった。君に大変な生活を強いてしまった」


そこまで一気に言うと、ギルバード様は私に深く頭を下げてくれた。私は彼の言葉に対してこう答えた。


「頭を上げてくださいギルバード様。私もギルバード様にレオノーラ殿下からのご命令について正確に報告をしておりませんでした。それに私が身代わりになったことは王族からの命令によるものです。私たちにはどうしようもなかったことなのでしょう」


「しかし、君にはあまりにも多い犠牲を払わせてしまった。できればその償いをさせてもらいたい。

とは言っても情けないことに私たちにできることは君のこれからの生活と孤児院への援助を保証することぐらいなのだが。


君の事情は伏せているが、二週間も姿を現さなかったことで侍女たちの間で色々と良くない噂が勝手に立っている。それにレオノーラ殿下が嫁がれた今、君が王城に縛られる理由は何もないだろう。

君さえ良ければ私が新たな養子先と仕事を紹介させてもらいたい。名を変え、新たな立場で生活をしてみないか?もちろん当然だが、給与の面は保証する。


もし今後は貴族との関わりを断ちたいと考えているなら、平民として新しい生活をするのもいいだろう。その場合はこちらで君の身元の保証をするし、しばしの生活費はこちらで援助をさせてもらうつもりだ。


急にこんな話をされても、考える時間も要るだろう。今日はここにいるサミアと隣町まで移動して、手配している宿でゆっくり考えてみてほしい」


ギルバード様から紹介された先ほどの優しげな女性、サミアさんが私に向かって微笑んでくれた。


「しばらくの間、私がメアリー様のお世話を担当させていただきます。何かございましたら遠慮なくお申し付けください」


「私はそのように畏まって接していただくような立場ではありません。私のことはどうぞメアリーと呼んでください。こちらこそ、お世話になります」


「分かりました。ではそうさせてもらいます、メアリーさん」


サミアさんと挨拶が終わると、ギルバード様はこうおっしゃられた。


「すまないが私は予定があるのでそろそろ失礼する。何か他に聞いておくべきことはあるかな?」


聞きたいこと。急に降ってわいた新しい生活の話で少し混乱していたが、私の聞きたいことはずっと変わっていなかった。私はギルバード様に向き直って、こう尋ねた。


「私と一緒に拘束されたアルベルト様は今どうされていますか?噂では彼が自ら身を引いたということになっているとは聞いたのですが、彼にどのような処分が下ったのかをお聞きしたいです。


あと、今日ララが面会に来てくれると言ってくれていたのです。急に私がいなくなると心配をかけると思うので、彼女に私のことを伝えてもらうことは可能でしょうか?」


私の質問に対して、ギルバード様はこう答えてくれた。


「アルベルト様のことだが、我々も事実は知っているので彼には何も処分などは下っていない。ただレオノーラ殿下とセドリック皇子の周囲の一部の人間にだけは殿下たちの『アルベルト様は不貞をした』という話に合わせるよう指示はした。

しかし、彼らにも『実際はアルベルト様は国のために恋心を諦めようとしていた殿下のために、侍女の協力を得て不貞をした振りをしただけだ。殿下たちが心置きなく結婚できるように彼らには事実を伝えないよう協力してほしい』と言い含めてある。


殿下たちにも対外的には『殿下が不貞をされたという噂が出ては折角のご成婚に水を差しかねない』と伝えて、アルベルト様が自ら身を引いたということにしていただいた。噂もそう流れるようにしたので、彼が周囲から不誠実だと見られることはないだろう。


あともう一つのララの件も問題ない。彼女には私から君のことを伝えておこう」


ギルバード様のお言葉を聞いて、私は無意識のうちにぎゅっと握りしめてしまっていた両手から力が抜けるのを感じた。あんなにきちんと向き合ってくれたアルベルト様にご迷惑をおかけしたことが、ずっと私の心の中に残っていた。処分もなく、彼の評判にも傷が付かなかったことをギルバード様から聞けて、私はやっと安心することができた。


「お聞かせいただいてありがとうございます。ララの件も、すみませんがよろしくお願いいたします」



それからお城に戻るギルバード様を見送り、私とサミアさんは隣町へと移動をした。ギルバード様が手配してくれた宿は貴族の泊まれるような立派なお宿だった。しきりに恐縮する私に、サミアさんは「メアリーさんは書類上はまだ貴族のお嬢様なのですから当然です」と言ってくれた。


まだ日の高い時間ではあったが、宿にはいるとまずサミアさんは私をお風呂に案内してくれた。牢では身体を拭く水も満足にもらえていなかったため、生き返るような心地になった。

お風呂の後は部屋に昼食が用意されていた。久々の温かな食事は身体に染み入るように美味しかった。


そこからは今後のことを考えるため、しばらく部屋に一人にしてもらった。ギフトが発動してからのこと、お城での生活のこと、レオノーラ殿下のこと、ララのこと、アルベルト様のこと、そしてこれからの私のこと。考えるべきことはたくさんあったはずなのだが、地下牢という緊張から解き放たれ、心身ともに満たされたためか、お昼過ぎにも関わらずどっと眠気が押し寄せてきた。


寝ている場合ではないのだけど。そう思っていた思考ごと、私は泥のような眠りへと落ちていった。

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