ホラー映画にあこがれて :約4000文字 :ほのぼの
【殿熊京壱郎。かの四ツ萩村大量殺人事件の悪鬼。日頃から周囲に一方的な被害妄想を抱いており、それが原因で凶行に及ぶ。自身の家族を含む近隣住民九人を殺害し、行方をくらます。使用された凶器は鉈である】
――計画は十分練った。後は実行のみ。卒業前に合宿に行きたいとメンバーが言い出したのは幸運だった……。
この日、おれたちホラー映画同好会の面々は、叔父の別荘に合宿に来ていた。学校生活も終わりが近いこのタイミング、全員が乗り気で、道中も終始浮かれた雰囲気だった。
別荘に到着すると、さっそくホラー映画鑑賞のスタート。本来なら気分が高まる夜から朝まで徹夜の観賞会といきたいところだが、今回は違う。目的を達成するには、こいつら全員にぐっすり眠ってもらったほうが都合がいい。
そう、こいつら全員を殺す。そのために……。
夜も更け、あくびが出始めた頃。おれはみんなにそれぞれの寝室へ行くよう促した。だが、メンバーの一人が交霊術をやろうと言い出して譲らない。付き合ってやるか……という雰囲気になり、おれも仕方なく応じたが、頭の中は別のことでいっぱいだった。
本当に実行するのか? 殺人なんて犯したら、警察に捕まるに決まっている。
だから変質者の仕業に見せかけるんだろ? そのために受け答えも練習したじゃないか。第一、中学生が殺したなんて誰も思わないさ。ああ、ホラー映画みたいに残虐に殺してやるんだ。現場を見た警官がゲロを吐いちゃうくらいにな。
それに、別荘というシチュエーションも最高だ。こんなチャンス、二度と巡ってこないかもしれない。ホラー映画ファンとして、この体験は絶対にしておきたい。そうだよ、おれ自身がホラーそのものになるんだ。ああ、興奮してきた……。
でも、もしこいつらに化けて出て来られたら……。いや、みんなもきっとわかってくれる。ホラー映画ファンなんだから。ああ、最高の役をプレゼントしてやるよ。そう、“犠牲者”という役をな。
いや、でもこいつらは友達……というほどでもないな。むしろちょっと嫌いまである。メンバーだから仕方なく一緒にいるだけで、オタクっぽいし、気遣いができないし、人前でニキビを潰すわ、これまで無神経なことも散々言われて……よし、殺そう。なんだか気分がどんどん高まってきた。いや、でもやっぱり……。
おれは頭の中で自問自答を繰り返した。
とりあえず……。そう、とりあえず先に進めよう。そう結論づけたところで交霊術も終わり、みんなそれぞれの部屋に戻った。
……そろそろみんな寝静まった頃だろう。さあ、始まりだ。
おれは用意していた衣装に着替え、姿見鏡の前に立ち、鉈を構えた。
「いい……いや、いいどころじゃないぞ、これ……」
思わず声が漏れる。いろんなポーズを決めてみるが、どれも様になっている。
カッコいい……あ、写真も撮ろう。ああ、いい! いいよ! 君、サイコーだよ!
――ガタッ
ん? なんだ、今の音……ドアか?
おれは背後からの物音に振り返った。
見られ……いや、このドアは閉まったままだ。どうやら別の部屋のドアが開いた音だったらしい。
少々神経質になっていたようだ。無理もないが、ここは落ち着こう。
……待てよ。でも、誰が? どこへ? トイレ、それか冷蔵庫の飲み物でも取りに行ったのか。さっさと寝てもらわないと、殺しを始められないじゃないか。
おれはドアに耳をぴったりと押し当て、音を探った。
階段を下りる音がし始めた。どうやら外に出たみたいだ。
散歩か? まあ、それなら好都合だ。第一の犠牲者っぽくていいぞ。だが、もしホームシックにでもなって家に帰ろうとしているなら、すぐに追わなければ。
生き残りは、このおれ一人だけでいいのだから……。
おれは他の連中を起こさないようにそっと外に出て、後を追った。
周囲に建物はなく、人の気配もない。風にさざめく木々や背の高い雑草の揺れる音、虫たちの音色。満月が明るくも静謐な夜を創り出している。
そう、人の気配がない。まだ遠くまで行ってないはずだが……。
どっちの方向へ追う? この格好ではあまりうろつけないぞ。この辺りにおれたち以外の人間はいないはずだが、万が一ということもある。それにもし先に見つかって、悲鳴でも上げられたら計画は台無しだ。
ドッキリだったと言えばごまかせるかもしれないが、警戒心を抱かせると殺しの成功率が下がるだろう。だが、こうしている間にも……ん、なんだ? そこの茂みか?
誰か……いる? うお!
「お前……!」「お前……!」
同時に声を上げた。突如、茂みから現れたのは、長いカツラを被り、女顔のマスクを着けた者だった。手には包丁を持っている。どう見ても殺人鬼。だが、その正体はわかってる。だからこそ――
「なんで!」「なんで!」
またも声が被った。まさかこいつは、おれと同じことを?
奴の手に握られた包丁は、おもちゃには見えない。だが、え、いや、そんなことが本当に……。
「なんだよ……その格好」
黙り込むおれに向かって、奴が訊ねてきた。
「え、あ、これ、殿熊京壱郎。二十年ほど前、自分の親を含む九人の村人を殺して……」
「ジェイソンだろ、その格好」
背筋が凍るような感覚に襲われた。それとは裏腹に、マスクの下の顔が熱くなるのを感じた。ボロボロのワークシャツにボロボロのデニム。知っている者なら当然わかるだろう。
「……ちげーし」
だが否定するしかなかった。すると、奴は鼻で笑った。
「なんだよそのマスク。おもちゃ屋で買ったのか? 暗闇で光る安物じゃん」
「う、うるさいな……それより、お前のその格好はなんだよ」
【ダズ・ジョーンズヒル。カナダ郊外の町で十人を殺害後、自らの頚動脈を切って自害。しかし、彼の霊魂はこの世に留まり続け、交霊術によって他者に憑依し、以後も繰り返し殺人を行っていた。女装は自分にとっての力の象徴。幼少期、虐待してきた母の姿を模したものだ】
「いや、なんだよそれ! ここは日本だぞ! 海外の殺人鬼の霊がなんで日本に来るんだよ!」
「霊に国境はない!」
「第一、お前英語できないだろ! あと、殺した人数を上乗せしたよな!? 俺が九人だからその上を行きたくて十人にしたろ!」
「な、そ、ち、ちが――」
『ヴオオンヴヴヴヴヴ』
突如、チェーンソーの音が鳴り響いた。おれたちはその音のほうへ、バッと体を向けた。そこに立っていたのは――。
「あれ、二人とも何その格好?『ヴヴヴヴヴ』」
「いや、お前こそ」「いや、お前こそ」
【ライリー・ブリキア。キャンプ場に来た若者をチェーンソーで次々殺害し――】
「いい、いい、いい、もういい。お前も海外かよ」
「はあー。ジェイソン被りかよ、情けない。それでもお前らホラー映画同好会かよ」
「だ、だから、おれのはジェイソンじゃねーし……」
「『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ』俺は『ヴヴヴヴヴヴ』ジェイソンを『ヴヴヴヴヴヴヴ』真似した」
「まずチェーンソーを止めろ! あとジェイソンはチェーンソー使わねえからな!」
「チェーンソー・ジェイソンだ」
「ずるいぞ!」
「目的は被るし、そもそもヒロインはいないし散々だな……」
「仕方ないだろ。おれら四人の中で誰か女子に声かけられるやついるか?」
「無理だな。あ、四人……そういえばあいつは? 寝てんのかな?」
「え」
「あ」
『ヴ』
ロッジに目を向けた途端、獰猛な光と耳をつんざく轟音――風なんて生易しいものじゃない。凄まじい衝撃波がおれたち三人を吹き飛ばした。
「な、なんだ……今の?」
「叔父さんの別荘が!」
激しく燃え盛るロッジ。燃えた木片がパラパラと空から落ちてきた。木々の骨組みが崩れ落ち、火の粉がまるでチャーハンのように宙を舞う。もうどうにもならないことは明らかだった。さっきのはいったい……爆発か――ということは、爆弾か? ガス漏れ?
「あれ、三人ともどうして外に……?」
【ヘンダルシアの爆弾魔。本名不明。住民が寝静まった夜に仕掛けた爆弾を起爆させ、町に明かりを灯す。およそ六十三人の犠牲者を出した。数が明確ではないのは爆発で肉片が交じり合い、遺体の判別が困難だったからである。ある日、犯行が途絶えたことで死亡説が流れたが、新たな計画を練っているのではと、ファンによるコミュニティサイトで日夜、考察と議論がされている】
「ふざけるなよ! 何がヘンダルシアだよ! どこだよ!」
「どーせ、好きな漫画かなんかからとってきたんだろ」
「そんなタイトルの絵本なかったっけかなあ」
「べ、別にいいじゃないかそんなことは……」
「あああああああ! 別荘を燃やしやがって! 叔父さんに殺されるぞ」
「え、叔父さん殺人鬼なの?」
「ジェイソンのパクリは黙ってろ!」
「パクリはお前もだろ」
「うるさいな! それよりもお前、爆弾はどこで手に入れた!? 一番ガチで殺そうとしやがって! クソ!」
「作った。得意だし」
「す、すげー」「す、すげー」「す、すげー」
炎の中、残っていた屋根が崩れ落ち、黒煙が夜空に昇った。
呆然と立ち尽くす四人。燃え盛る炎が、それぞれの影を引き伸ばす。
この夜の出来事は、四人の秘密となった。少々風変わりではあるが、秘密の共有は時に友情を深める。それに倣い、この四人の縁は生涯続くことになる。
だが、そのことを今は誰も知らない。
これは歪な蛹。少年と呼ぶには微妙な年頃の者たちの、冬の夜の一幕であった。




