表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/705

二つの月の夜        :約1000文字

 何の変哲もないはずの夜の住宅街を歩く――違う。

 どこか妙だ。そう気づいたのは、月明かりがやけに眩しいと感じたときだった。そして、ふと空を見上げた瞬間、その正体を理解した。


 空に月が二つある。


 立ち止まり、目を細めたり大きく見開いたりしてみる。間違いではない。確かに、少し距離を開けて二つの月が並んでいるのだ。

 それだけでも異常だが、さらに奇妙なことに、周囲の人々は誰一人として気に留めていない。まばらな通行人たちは、たまにおれを一瞥するだけで、ぼんやりと通り過ぎていく。

 あの月は今出現したばかりなのか? そうでないなら、駅前は騒然となっているはず。おれがいち早くこの異常に気づいたというわけだ。


 ──もしくは、おれの頭がおかしくなったのか。


 ……いや、きっと単に働き詰めで疲れているだけだ。休めばきっと元に戻る。

 目頭を揉みながら、家路を急ぐことにした。


 ――なんか、熱いな……。


 理由はわからない。なぜか息苦しさと圧迫感が、じわじわと胸を締めつけてくる。

 歩きながらネクタイを緩める。だが、違和感は消えない。足が勝手に速まり、おれはいつの間にか走り出していた。

 叫び出したいほどの恐怖と焦燥を感じていたが、声が出ない――いや、出してはならない気がした。

 だから、ただ口を開け、黙ったままおれは走り続けた。


「うっ!」


 突然、何かを蹴り上げそうになり、おれはつんのめるように立ち止まった。

 脇道から猫が飛び出してきたのだ。

 驚いた黒猫は、ぴょんと跳ねるようにして距離を取り、振り返った。

 暗闇の中で、その目がぎらりと光った。


 ――ああ、そうか。


 目だ。


 あの月、あれは目だ。


 見下ろされるおれは、地を這う小さな虫。

 底なしの混沌、その支配者。

 グロテスクなサディスト。

 無慈悲な父。

 罰の王。

 体に刻まれた古傷が開き、そこから無数の目が現れる。赤黒い瞳が血のような涙を流す。

 逆らうことは許されない。

 あの大いなる存在からは逃げられない。

 決して……決して……




 目を覚ました。夢……ああ、まただ。またあの夢か……。


 おれはゆっくりと起き上がり、鉄格子の間から外を見つめた。

 地面を這う丸い光。視線を上げると、監視塔のサーチライトが獲物を探すようにゆっくりと首を振っていた。

 計画は順調に進んでいる。

 だが、連日繰り返されるこの夢が、脱獄計画の失敗を暗示しているように思えてならないのだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ