ちょうだい :約1000文字 :ホラー
夜、私はスーパーで売っているような食パンの袋を手に、路上に立っていた。
――ここは……。
見知らぬ場所。しかし、とりたてて特徴のない住宅街だ。奥に見える外灯が、わずかにちらついていること以外、変わったところはない。
ふと、足元が冷たいことに気づいた。なぜか裸足だった。
なぜ、私はこんなところに? ぼんやりと霞がかった頭で考えていた、そのときだった。
膝の裏あたりをツンツンと二度突かれた。
反射的に振り向く。そこには少女が立っていた。
少女は無言のまま、片手を差し出した。そして、小さく手を動かす。まるで「ちょうだい、ちょうだい」というかのように。
――これか……?
私は手元の食パンに目を落とした。賞味期限が切れており、渡すべきか迷ったが、少女はじっと私を見つめたまま、手を動かし続けている。結局、袋から一枚取り出し、差し出した。
少女は無言でそれを受け取ると、貪るようにかぶりついた。
よく見ると、食パンには虫がついていた。だが、少女はまったく気にする様子もなく、ぺろりと平らげた。
そして今度は、私の腕を指さした。
ちょうだい、ちょうだい――。
また、手を動かす。
よく見ると、少女の片腕はなかった。
息苦しさで目が覚めた。
寝汗でぺったりと張りついたパジャマを指でつまみ、空気を通す。全身が冷えているのに、気持ち悪いほどに汗ばんでいた。
悪夢だ。そう呼ぶには具体性に欠けるが、二度と見たくはないと思った。
だが、それは始まりにすぎなかったのだ。
それ以来、少女は私が見る夢すべてに現れた。
車を運転している夢。
ヨットを操縦している夢。
学生時代に戻っている夢。
仕事中の夢。
どこへ行こうとも何をしようとも、振り返ると少女がいた。そして、決まって私の腕を指さし、手を動かす。
ちょうだい、ちょうだい――。
私はそのたびに、みっともなく狼狽え、逃げ出した。夢が終わるまで。
しかし、終わりはない。
付きまとわれてから、もう一年になる。
彼女の姿は次第に変化していった。耐えがたいものへと。肌の裂け目から無数の虫が這い出し、今では……。
……今日、この喫茶店に君を呼び出したのは、この話が関係しているんだ。
ただ悩みを聞いてもらいたかったわけじゃない。ほら、昔の同級生がたまに夢に出てくることがあるだろう? 君も、この前私の夢に出てきたんだ。
それでね……どうやら、彼女は君を気に入ったらしいんだ。
彼女が君に話せと指図するんだよ。
今夜、あの子の相手をしてやってくれ。
ん? 現れるさ。君はもう知ってしまったのだから。
これで私はお役御免さ。
このとおり、くれてやった私の腕は気に入らなかったようだしね。




