天上の楽園 :約1000文字 :死後
……死んだ。私は死んだ。ゆらりゆられて漂うは、小川に浮かぶ落ち葉のようでもあり、母に抱かれる赤子のようでもある。
霧のように白い世界。夢うつつの私は、どこへ流れていくのか……。
しばらくそのまま。やがて、眠りに落ちる寸前のように瞼が重くなり、また身を委ねる。
……ここは。
閉じた瞼を開けると、私は花畑に立っていた。
ここが天国か。薄闇に霞む、果てしない花の海。霧はわずかに晴れ、漂う空気は甘やかで心地よい。ふわりとした地面の感触。そこに咲く花々が静かに揺れている。
穏やかな気分だ。自然と顔が緩む。
もっと匂いが欲しくなり、しゃがんで花に顔を近づけた。
すると……なんだ? 何かが花から飛び去った。
黒い。一粒。黒い……暗い……黒い……暗い黒い……。目で追ったそれは、霧の奥に佇む闇に吸い込まれ――いや、違う。
闇が迎えに来たのだ。
空気が震えた。ざわざわと不気味な音を立てながら闇は広がり、そしてあふれだした。
あれは……無数の、黒い、粒。
――虫。
虫、虫、虫、虫、虫虫虫虫虫虫。
私の体だけでは足りぬとばかりに、悲鳴さえも覆いつくすほどの大群が押し寄せる。
ここは天国か地獄か。
天国ならば、誰にとっての天国か。
なぜ、天国が人のものだと思ったのか。
虫の種類は膨大だ。そして、これまで死んだ虫の数は想像すらつかない。
神よ。いるなら彼らを閉じ込めろなんて贅沢は言わない。せめて、私に小部屋ほどの隠れ場所を。私を閉じ込めてくれ。
もっとも、そこに入り込む彼らの姿を想像してしまうが。
耳、鼻、口。穴という穴に、暗闇好きの彼らが入り込んでくる。
手をついた地面から這い出し、指にまとわりつく。
柔らかな地面――それは、彼らの寝床か苗床か。
邪魔をした私は無作法者か、それとも客人か。
これは歓迎か、それとも罰か。
あるいは、私が彼らの――。
気が触れたような叫びが、そこかしこから響く。彼らの狂喜の声も。
嗚呼、ここは蟲の楽園か。




