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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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花火大会来たる       :約1000文字

「……退屈だなあ」


 夜、とある塾の教室。机に頬杖をつきながら窓の外をぼんやりと眺めていた彼は、思わずそうこぼした。しまった、誰かに聞こえたかも。反射的に背筋を伸ばし、周囲を窺う。

 ……大丈夫そうだ。みんな、真面目に講師の話を聞いている。

 彼はほっと息を吐いた。その微かな音も、シャーペンを走らせる音に掻き消された。

 彼は中学生。好きな子目当てに親を説得してこの塾に入ったのはいいが、理由がそれだけでは勉強のモチベーションが続くはずもない。しかも、窓際の一番後ろの自分の席からでは、その子の顔すら見えなかった。


「はあ……」


 ため息とともに再び頬杖をつき、シャーペンのノックボタンを無意識に押した。その瞬間だった。


 ――ドン!


 突然の音に驚き、彼はびくりと体を起こした。反射的に窓の外に目を向ける。

 夜空に赤い菊型の花火が咲いていた。

 今日、花火大会なんかあったか……? 

 彼はそう思ったが、訊く相手はいない。他の塾生たちはまるで気にする様子もない。その真面目さに、彼は『天晴れ、天晴』と皮肉を込めて心の中で讃え、また窓の外へ目を向けた。

 だが、待てども次の花火は上がらない。


「なんだよあれだけかよ……」


 そう呟き、口を尖らせたそのときだった。


 ――ドン!


 また花火が上がった。しかし、彼の目は夜空ではなく、自分の手元に注がれていた。

 今のって……いや、まさかな……。

 おそるおそる、シャーペンのノックボタンを押す。


 ――ドン!


 間を置かず二回押してみる。


 ――ドン! ドン!


 次は三回。


 ――ドン! ドン! ドン!


 間違いない。どういうわけか、おれのシャーペンと花火が連動してる!

 確信した彼はニヤリと笑い、水を得た魚のようにカチカチカチと指が痛くなるまでノックし続けた。

 夜空に絶え間なく上がる花火。爆ぜる光が闇を押しのけ、教室に色と輝きをもたらす。

 さすがの真面目な塾生たちも、騒然としながら席を立ち、窓へと駆け寄った。

 その中には、彼が好きなあの子の姿もあった。

 目の前でスカートが机の縁に触れ、彼は思わずドキドキした。


「すごい!」

「綺麗!」

「すげー!」

「どこでやってるんだろ?」

「船? 移動しながら打ち上げてるのかな?」

「近くなってるね!」


 笑顔とはしゃぐ声が教室の中で弾け、踊る。

 しかし、彼は一人、臓器を鷲掴みにされたような不安感を抱いていた。


 ……近くなってる?


 確かに、花火は上がるたびに少しずつこちらへ近づいてきていた。


 ……何回押したかな。


 絶えず打ち上がる花火。それを見つめる彼女の輝く横顔よりも、彼は机の上に散らばるシャーペンの芯から目を離すことができなかった。

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