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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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二度目のインタビュー    :約3000文字 :ロボット

「いやあ、この前はすまなかったね。はははは! せっかく来てくれたのに、あんな感じで終わってしまって、ははははは!」


 やたらと笑う博士に合わせて、おれも愛想笑いを浮かべてみせたが、前回のインタビューは惨憺たるものだった。

 世界初の高性能ロボットの開発に成功――その特ダネ取材を上司に命じられ、おれは高校時代の後輩でもある同僚のカメラマン、田畑くんと博士の研究所を訪れた。

 しかし、その取材中、思いがけないトラブルが起きた。

 何の不具合かはわからないが、シャッターを切った瞬間、ロボットが田畑くんを殴り始めたのだ。

 鋼鉄の腕を顔に容赦なく振り下ろされ、田畑くんは意識不明の重体。おれと博士で必死にロボットを押さえつけたが、返り血にまみれ、絶叫しながら拳を振り下ろすロボットの姿はホラーそのもので、おれは自分が何の取材に来たのか、一瞬わからなくなった。


 当然、インタビューはお流れになった。あれから二か月が経ち、仕切り直しということで、今度はおれひとりで再び博士に会いに来たのだ。

 むろん、気が進むはずがない。おれは自分でいうのも何だが、仕事に真摯な男だ。芸能人や政治家のスキャンダルを嗅ぎつければ、容赦なく直撃取材。自宅を調べ出し、近所への聞き込み、張り込み、親や友人知人関係者を洗い出し、買収、ゴミ漁り、何でもやる徹底した記者人間だ。だが、そのおれでさえ、あの日の出来事はトラウマになっていた。

 取材の夜、自宅に戻ったおれは飯も食わず、ただベッドに倒れ込んだ。眠りに落ちるまで、まぶたの裏に浮かんでいたのは、顎がひしゃげ、歯が飛び出した田畑くんの顔だった。

 振り払おうとするたびに、イメージはさらに凄惨になっていく。頭部が炊飯器の蓋みたいにパカッと開き、脳が丸見え。飛び出した目玉は口の中を転がっていた。まったく、昔小説家を目指していただけあって、我ながら忌々しい想像力だ。

 なので、もしまた同じことが起きたら、今度殴られるのはおれだし、暴走したロボットを止めようにも、あの博士じゃ頼りになるんだかならないんだかわからない。頭を砕かれ、脳漿をそこらじゅうにぶちまける羽目になるなんて冗談じゃない。おれは断ろうとした。

 だが、ツテツテツテ……『俺のツテのおかげで取材できることになったんだぞ!』と上司は得意げに鼻を鳴らし、怒鳴り、脅し、結局、おれはカメラを首から下げ、ノコノコとひとりでまたやって来てしまったわけだ。


「いやーははははっ! 大丈夫さ! はははは! 心配しなくても、ははははっ!」


 博士はおれの心情を察したのか、さらに笑いを強めて言った。躁病かと疑うほどの笑いように、思わず腰が引けた。

 ……と、鉄クズ野郎の登場だ。

 白銀のボディ、角ばった頭。カメラのレンズのように突き出た二つの目。前回会ったときと、見た目はまったく変わっていない。果たして本当に修理されたのだろうか……。


「ようこソ、いらっしゃいましタ、どうゾ、コーヒーでス」


「ご覧のとおりだ、はははは! ロボットが淹れたんだぞ! どうだ、問題ないだろう?」


「ええ、まあ……」


 おれはそう答え、差し出された白いマグカップを受け取った。口に含んだコーヒーは適温で、味も悪くない。胃がじんわりと温まり、緊張が少しだけほぐれた。


「さあさあ、何でも聞いてくれたまえよ、ふふん」


「ええ、では……」


 おれは博士にいくつか質問した。といっても、前回のインタビューでひと通り話は聞いていたから、そのときの内容を再利用すればいい。長居するつもりはない。なるべく早く切り上げて、とっとと帰るつもりだった。

 話が一段落したところで、おれは静かに腰を上げた。


「では、この辺で……」


「おいおい、もうかい? まあ、私も忙しいからねえ、かまわんけども。お、そうだ。せっかくだから、そのカメラで記念撮影でもしようか」


 思わず体が震えた。冗談じゃない。この人は前回の惨劇を忘れたのか? 今思うと、やはりあれはカメラのフラッシュが引き金だった気がする。

 おれが押し黙ると、博士はまたもおれの心情を察したのか、「だいじょーぶ! だいじょーぶ!」と調子よく言いながら、おれの背中をバンバンと叩いた。さらに、ロボットにカメラを持たせようなどと提案してきた。

 天才というやつは、人の感情の機微には疎いかと思いきや、なかなか鋭い。いや、どうせなら、このロボットを視界に入らない場所へやってほしかった。

 おれはしぶしぶ了承した。というより、断る術がなかった。

 しかしまあ、確かにロボットにカメラを持たせるのなら、前回のような惨事が起きる危険はない。それに、ロボットが撮影した写真は貴重だし、面白い。記事の最後に『この写真はロボットが撮ったものだ』などと書けば、締めとして上々だろう。

 おれと博士は並んで立ち、がっちりと握手を交わして、ニカッと笑った。

 ロボットが三からカウントを始めた。やはり不安だ。おれは身体をこわばらせたままだったが、何事もなく撮影は終了した。


「はははは! どうだ! いい出来だろう!」


「ええ、ははは……いやあ、さすが博士ですね」


 おれは適当な愛想笑いとお世辞で返した。あまり露骨に帰りたがると、あとで上司に余計な報告がいくかもしれない。だから、ロボットのことはもちろん、博士のプードルみたいな髪型まで過剰に持ち上げておいた。


「はははは! いやー、この髪型はねえ、学生時代からの……お? なんだ、もう帰ってしまうのか? はははは!」


「ええ、ですので、そのロボッ……彼にカメラを返してもらっても……」


「はははは! なんだね君、ロボットと言い淀まなくてもいいのに、はははは!」


「ええ、はははは……」


「はははははっ! まあいい、はははは! ほら、彼にカメラを返してあげなさい、ん? なんだ? 気に入ったのか? はははは! これは面白い! はははははは!」


 ロボットは博士の言葉に反応することなく、カメラを両手に持ったまま微動だにしない。視線を床に落とし、じっと立ち尽くす姿が妙に不気味だった。おれは椅子の後ろへと、そっと身を引いた。


「はははは! 君ぃ! 大丈夫だとも、はははは! 安定しているよ。しかし、いやはや、ふむ……なるほどなあ。ほーう、なるほどなるほど……」


 博士は急に真顔になり、顎に手を当ててブツブツと独り言を呟き始めた。自分の世界に入ってしまったらしい。

 今のうちだ。おれはおれはこの隙に、この場を離れようとした。ロボットの脇を通り抜けるとき、目を合わさず足音を立てぬように歩いた。カメラのことはいい。うっかり忘れたことにしよう。あとで編集部に送ってもらえばいい。


『……セン……パイ』


 ――え。


 おれは思わず足を止め、振り返った。

 ロボットは、カメラを抱えながら、おれをじっと見つめていた。まるで巣から落ちた小鳥を拾い上げ、どうしていいか分からずに大人に助けを求める子供のようだった。


「おっと、はははは! 今のは聞かなかったことにしてくれたまえ。……いやー、実はね、あの事件をきっかけに出資者が増えたんだよ。開発資金が潤沢になってね。まあ、研究内容だけに、そのことは秘密なんだがね。この前の事件も揉み消して、いや、内密にしてもらったしね。せっかくなんで、それを流用して……まあ、調整が必要だから、もう少しかかるが、完全に仕上がったら君のところに、いや、君に独占インタビューをさせてあげようじゃないか」


 博士は一人、浮かれた調子で喋り続けた。だが、おれの耳には半分ほどしか入ってこず、博士の笑い声も遠のいていた。

 それは、おれの頭の中で、あの日の記憶が繰り返されていたからである。絶叫しながら田畑くんを殴りつけたあのロボットは、確かにこう口にしていた。



 ボクはロボットなんかじゃない。



「はははは! いやー、よかったよかった、はははは! いや、君の脳もなかなかロボットに向いてそうだな。はははは! 記者という生き物らしく、情が薄い。なんてな! ははははは!」


 気がつけば、おれは博士と握手を交わしていた。博士はご機嫌に笑い、おれも笑った。

 ロボットはまだカメラを大事に抱えていた。

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