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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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上司への挨拶        :約2000文字

 静かな夜だった。そう、『だった』のだ。

 静寂は、突然の騒音に驚いて逃げてしまった。せっかくごろごろしていたのに、知り合いたちがドタドタと家に駆け込んできて、私は飛び起きた。

 何が何やらぎゃーぎゃーわーわーと彼らは口々に騒ぎ立てた。あまりの大人数と勢いに気圧された私は、「ここでは狭いから……」とひとまず外へ出て話を聞くことにした。だが、みんな一斉に話すものだから、その話の内容を飲み込むのに一苦労だった。

 どうやら、気難しい上司に挨拶へ行かねばならないらしい。それで、自分で言うのもなんだが、この辺りで一番の知恵者とされている私に相談に来たというわけだ。


 たかが挨拶ぐらいで……と思ったが、賢いと言われるのは悪い気はしない。

 だが単純な話、そんなに嫌なら全員揃って一緒に行けばいいじゃないか。私はそう提案した。

 しかし、一人ずつ来るようにとのお達しがあるらしい。それで忠誠心やら好意やら何やらなんにゃらを測るつもりらしい。どういうつもりかは知らないが、まったく面倒な性格だと一同ため息をついた。


 そもそも、件のその日はみんなのんびり過ごしたいという。ではいっそ、全員行かねばいいではないかと提案したが、即却下された。後々の報復が怖いのだという。本当に厄介だ。

 ならば仕方がない。上司の家は遠方なので、そうのんびりしていられない。順番を決めて出発することになった。だが、問題の順番を決めようとすると、誰もが最初は嫌だという。


 最初こそ機嫌よく迎えてくれそうなものだが、最初だからこそ挨拶や作法を厳しく見られるのではないかと恐れているようだ。まったくもって面倒な相手に、一同ため息が絶えない。

 普段もこき使うわ、お世辞を言わせるわ、おまけに足が臭いとくる。

 ……と、いつの間にやら愚痴が飛び交い、悪口大会へと発展した。そして気づけば、空が白んできていた。

 そろそろ決めねばなるまい。

 そこで私はこう提案した。


「先ほどの悪口大会で、一番悪口を控えめにしていた者から挨拶に行っては?」


 一番悪口が少なかった者は、さほど上司を嫌っていないといことで一番に行かせてやればいい。もし猫をかぶっていたのなら、それはそれで私は気に入らない。

 すると、皆の視線が一斉にある者へと向けられた。彼は慌てて口を開いた。

「奴は何よりもケツの穴が好き」だの「ゴキブリですら奴の死体は食わない」だの「はらわたから腐ってるから息が臭いんだ」「嘘つきのくせに他人の嘘には厳しい」「すぐに人を試したがる」「へそ曲がり」「単純に意地が悪い」「短気」「癇癪持ち」「傲慢」「我儘」「心が狭い」「実は嫌われ者」などと、これまで出たものを総括するような悪口を次から次へとぶちまけるが、時すでに遅し。締め切りとした。

 かくして、彼を一番手に、二番、三番と順番を決め、皆、次々と場を発った。

 私は最後の者の背中を見送りつつ、体をぐーんと伸ばして大きなあくびをし、家の中へ戻った。

 やれやれ、やっと静かになった。

 戻ってきた静寂に安心と喜びを抱きながら、私は眠りについた。



 それから数日後。またしても連中が揃って家にやってきた。だが、今度はニコニコと上機嫌だ。


「いやあ、実は一番早く行った者から順に、最後の十二番目まで、それぞれ一年ずつ『動物の大将』にしてくれるって話だったんだよ! ははははは!」


 連中は『大将』という言葉を口にするたびに、誇らしげな顔をした。上司への感謝の言葉まで述べて、昨日の悪口大会が嘘のようだ。

 そういえば、最後の猪。彼の悪口はえげつなかったな。豚の糞を煮詰めて、それを……いやあ、よくもまあ、あんなことを思いつくものだと感心した。

 しかし、ネズミの奴は一番笑っていたな。あいつの腹の内が一番えげつないのかもしれん。やはり、どうも好かん。それなのに、あいつが最初とは。神様というやつは、偉そうなくせに察しが悪いのかもしれない。

 などと考えていると、連中は突然、ハッとした顔をして私を見つめた。そして、「優しい」だの「やっぱり賢い」だの「おかげで助かった」だの急に私を褒めてきた。

 大将になれなかった私を気遣っているのか、それとも自分たちが悪口を言っていたのをバラされたくないのか、まあ、私からすればどちらでもよかった。

 私はあの悪口大会を十分に楽しんだし、動物の大将なんてものには興味がない。

 だから、そう言ってやった。


「面倒事はご免だにゃあ」

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