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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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飢え穴           :約2500文字

 とある地方を襲った酷い豪雨。

 何日も降り続いた雨は、ようやく今日になって嘘のように晴れた。

 しかし、爪痕は深かった。ある村のそばの山で土砂崩れが発生し、家を流された者もいた。

 幸い、住民は地元の小学校の体育館に避難していたため、犠牲者は出なかった。

 だが、喜べる状況ではないことに変わりはない。村人たちは沈んだ気持ちで湿った地面を踏みしめながら、被害状況の確認を進めていた。


「……おお、あの山が崩れたのか」

「ああ。まったく酷い……ん? それほど土砂が溜まってないな」

「うん、普通ならもっと、山の麓に土砂が積もるはずだが……」

「……おや、あれは?」


 崩れ、抉れた山肌を見つめていた村人たちは、ふと異変に気づいた。

 坂になったその下――そこに大きな穴がぽっかりと口を開けていたのだ。

 地面が陥没し、土砂はあの穴に飲み込まれたのだろうか。近づいてみると、穴を囲むように土砂がぐるりと溜まり、まるで巨大なドーナツのようになっていた。

 しかし、可愛げはない。穴の大きさは、車を二台並べたほどか。底が見えず、ゾッとするほどの真っ暗闇が鎮座している。


「すげえ穴だな……」

「だな。よし……ほいっ」


 一人の村人が近くにあった大きな石を拾い、穴に放り投げた。

 全員が耳を澄ます。

 しかし、コンとも、ボチャンとも音がしない。


「こりゃ、相当深いぞ……。すでに誰か落ちてないだろうな?」

「たぶん、大丈夫だろう。おれたちが一番乗りのはずだ」

「『おーい、ででこーい』とでも言ってみるか?」

「ははは、おーい!」


「するのか」

「反響するのか試したんだ」

「うーむ、しないな。想像以上に深そうだ」

「なんにせよ、ちょうどいい」


「ちょうどいい?」

「そう。土砂も折れた木も、水浸しで使えなくなった家具もゴミも、何もかもみーんなこの穴に放り込んじまえばいい」


 異論はなかった。土砂や廃材を処分するには金がかかる。小さな村だ。国からの支援金も、いつどれくらいくるかわからない。何もせず待っているのも気分が悪い。この穴を利用しない手はないだろう。

 それに、穴を見たら何か放り込みたくなるのは男の性か。


 だが、奇妙なことが起こった。

 どれだけ土砂を捨てようとも、家具を放り込もうとも、穴は埋まるどころか捨てたものが底に着いた音さえしなかったのだ。

 この奇妙な穴の噂は瞬く間に広まった。それは田舎ゆえか、それとも金の匂いに敏い都会の人間の性か。

 穴を買い取りたいという申し出が、次々と村に寄せられた。なんでも、ゴミ処理施設を建てたいという。もちろん、村人には十分な対価を支払うと。

 村人たちは突然の話に戸惑ったが、この穴は確かに価値がある。行われた穴の調査の結果によると、測定不能なほど深いらしいのだ。企業たちの熱は高まり、いくら払っても惜しくなかった。

 しかし、村人たちは渋った。というのもオークション形式をとり、日に日に企業が提示する金額が上がっていったのだ。

 穴の噂は全国へと広まり、新たな企業が次々と名乗りを上げた。

 だが変化するのは、金額の話だけではない。

 全国から寄せられる要望、嫉妬の中傷、脅し。穴に無許可でゴミを捨てる者も出始めた。ヤクザが大きなずた袋を背負い、穴の近くをうろついていたという話もあったほどだ。

 警備費用はご機嫌伺いの企業が負担してくれているが、そろそろ頃合いか。これ以上引き延ばせば、いつ政府が理由をつけて穴を差し押さえに来るかもわからない。

 村人たちはそう考えていた。

 だが、『なんで今』『よりによって』などというのは、神の悪戯か、ここぞという瞬間に起こるものである。


 他の場所でも穴が見つかったのだ。


 きっかけは、テレビのニュースで村の穴の話を知った少年たちの何気ない遊びだった。


「おれたちも穴を見つけたら、大金持ちになれるのになあ……」と、そんな話をしながら、空き地に穴を掘り始めた。

 すると、ボコッと地面が陥没した。

 ぽっかりと開いた穴はソフトボールほどの大きさだが、覗き込んでも底は見えない。石を投げ込んだが、やはり音はしなかった。


「すげえぞこれ!」


 少年たちは大はしゃぎした。「聞いて、聞いて!」と人から人へ話が広まり、マスコミが駆けつけ、少年たちにカメラを向ける。

 その映像をテレビで見た村人は急いで交渉を進めようとしたが、時すでに遅し。

 少年たちのインタビューを見た視聴者たちは「まさか」「もしかして」「まあ、試すだけなら……」と地面を掘り始めたのだ。

 その結果、そこにも穴が開いた。

 どうやら穴は、それを望んだ者のもとに出現するらしい。

 この話は瞬く間に広まり、まさに一家に一穴。ゴミは庭の穴に捨てるようになった。当然、企業も所有する土地に穴を掘った。それも大きな、大きな穴を。


 こうして、欲をかいた村人たちは大儲けのチャンスを失ったのだった。



 しかし、話は終わらなかった。

 生きている限り、ゴミは出る。そこに終わりはない。

 人々は穴にゴミを捨て続けた。

 庭がない家は、近くの公園や空き地に穴を掘った。

 外出先でゴミ箱が見当たらないときは、その場で穴を掘った。


 紙くず。

 プラスチック。

 壊れたテレビ。

 パソコン。

 古タイヤ。

 冷蔵庫。

 車。

 夫婦喧嘩で勢い余って殺した妻の死体も捨てた。

 いらない子供を捨てた。

 自分を捨てたい者は穴に飛び込んだ。

 何でも捨てた。

 核廃棄物も、何もかも。


 人々は捨てる快楽に溺れた。

 街は綺麗になった。ただ一つ、そこかしこに開いた穴を除けば。

 上空から見下ろすと、地表は無数の穴に覆われていた。

 地球の毛穴。いや、虫食い穴。


 ある日、地面に亀裂が入った。

 それは、点在する穴と穴を繋ぐように、ビシリ、ビシリと。


 そして、巨大な穴が開いた。


 穴に落ちる最中、人々の頭に浮かんだのは、たった二文字。


 ――地獄。 


 だが、穴の先が本当にそうなのかはわからない。


 穴は悲鳴も光も、何もかも飲み込んだ。

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