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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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伝統工芸の保存       :約2000文字

 とある古びた工房。スーツ姿の男が戸を開け、中を覗き込みながら声をかけた。


「……あのー、ごめんくださ……あっ、お師匠さん」


「……あんたに『お師匠さん』だなんて呼ばれる筋合いはねえよ」


 頭に白いタオルを巻き、金縁眼鏡をかけた白髭の男が、低い声でぼそりと言い放つ。そしてぷいと目線を外し、そのまま黙々と作業に戻った。

 工房のど真ん中、畳の上で胡坐をかき、彫刻刀で竹を削っている。しかし、それが何の作業かは、訊いたところで教えてくれないことはその背中から十二分に伝わってくる。


「いや、あ、すみません……えーと、私ですね、伝統技――」


「ふん、前にも聞いたよ。伝統技工芸保存委員会だろ? 毎回律儀に名乗るから覚えちまったよ。馬鹿野郎め……」


「ええ、あの、ありがとうございます……」


 男は気まずそうに戸を閉め、工房の中へ足を踏み入れる。


「褒めてねえよ、馬鹿野郎」


 師匠は男を見上げ、じろりと睨む。ため息をついて、また目線を外した。「そういうところが、お役所仕事っていうかな、どうにも相容れねえんだよなあ……」


「そ、そんなことおっしゃらずに、はい……。お師匠様の伝統ある技術! これを後世に残さなければ何とその……」


「何だ? 受け継いできたものを絶やしたら、おれが悪い、不届き者だって言うのか?」


「いえいえ、そんな! 滅相もありません、はい……」


「文化の保存なあ……。おれだって、それが大事だってのはわかってるよ。だがな、継がせようにも学びたい奴がいなけりゃ、どうしようもねえだろう。儲かる仕事でもねえから給料も大して出せねえし、何より最近の若い奴は根性がねえ」


 師匠は腕を組み、渋い顔でぼやいた。


「ええ、はい、おっしゃるとおりかと……」


「はん、また適当なこと言いやがって……、それで、ん? 何だそいつは? また連れて来たのか?」


 師匠は目を凝らした。男の後ろ、暗がりに青年が一人立っていた。


「は、はい! 今回、こちらの青年がお師匠様の弟子になりたいと。ね!」


 そう言われた青年は前に進み出て、爽やかに笑いながら口を開いた。


「はい! よろしくお願いします! お師匠様!」


「だから師匠じゃねえっての……。どうせ、この前連れてきたのと同じで、頭が痛くなったとか言ってすぐ辞めるんだろ?」


「僕は頑張ります! よろしくお願いします!」


「ハキハキと、返事はいっちょまえだな。……まあいい。世のため人のためと思って雇ってやるか。まずは掃除からだ。手前で考えて、ほら、動け!」


「はい!」


 青年は嫌な顔一つせず、てきぱきと動き始めた。まさに絵に描いたような好青年だった。委員会の男はそれを見て、ほっと胸をなでおろすと、「何とぞ、お手柔らかに……」と消え入りそうな声を残し、そそくさと工房を後にした。そして――。



『……おい、掃除は終わったか?』

『はい! 終わりました!』


『じゃあ、ここにあるでかい埃はおれの幻覚かあ? ああぁん?』

『いいえ! 幻覚じゃありません! 首を掴むのはやめてください!』


『てめえ、掃除もできてねえくせに、おれにお願いできる立場かよお!』

『そこはさっき綺麗にしました! やめてください!』


『じゃあ、なんでこんなでかい埃があるんだよお。おら、よく見ろやあ』

『それは、ゴミ箱にあったものを誰かが、あっ! やめてください!』 


『誰かって、ここにはおれとおめえしかいねえだろうがっ!』

『殴らないでください! お願いします! 痛い! 痛い!』


『ふん、まあいい。そこの隅にでもいろ』

『はい!』


『……なにじっと見てやがんだ! 気持ちわりいんだよ!』

『はい! ごめんなさい!』



 とある研究所。モニターを眺めながら、二人の男が「うわあ……」と声を漏らした。


「彼を紹介してから数か月が経ったわけですが、博士。どうでしょうか、今回は……」


「うむ、送られてきた映像をチェックする限り、まあ、うん。問題なさそうだ。うわ、コイツまた殴りおったな……」


「ははは、コイツなんて言っちゃだめですよ。『お師匠さん』なんですから」


「完璧に掃除すればケチつけ、少し汚れを残せば文句を言う。まったく、気難しすぎる男だ」


「ふるいにかけてるんですよ、きっと。根性のない奴には教える時間が無駄だって、前に言ってましたから」


「まあ、それはわからなくもないが、しかし、全然教えようとしないな。手段が目的になっているというか、嗜虐的な面がどんどん前へ前へと出てきておる。給料もまったく出さず、食事も自分で何とかしろと。寝床だけは用意してくれたようだが」


「昔気質の方なんですよ、ええ。それで、大丈夫そうですか?」


「ああ、前回、前々回の反省を踏まえて、耐久力を上げておいた。問題ない。それに人工知能も向上している。あの技術を習得するのも時間かからんだろう」


「ええ、助かります、はい。素晴らしいです」


「ま、国から予算をもらっているからな。良いロボットができたものだ。おわ、また殴りおった……ふふっ、『見て盗め馬鹿野郎』だとさ。ああ、盗んでおるよ」


「ははは、ありがとうございます。これでまた一つ、伝統技術が無事に受け継がれますなあ……」

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