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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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聖塔            :約2000文字

 夕焼け空の下、親子が並んで歩いていた。小さな手をつないでいるが、言葉はない。子供は幼いながらも漂う気まずい空気を感じとり、何か話さなければと、きょろきょろと辺りを見回した。


「……あ、おとーちゃん! 夕日が見えるね!」

「ん、そうかい? よかったねえ」


 父親の声は渇いていた。笑い声は耳の奥で干上がり、消えそうになる。子供は揺り戻ってくる静寂を恐れ、慌てて言葉を継いだ。


「うん……あ、ところで、ぼくたち、どこに行くの?」

「ああ、あの塔さ」


「あれー?」

「そう、あれさ」


 父親が指さし、子供もそれを真似して指をさした。


「でもさ、あの塔って、なに?」

「あれはね……神様が建てた塔さ」


「ふーん?」


 子供は首を傾げた。父親はふっと笑い、ぽつりぽつりと話し始めた。


「ある日、ある村に突然塔が建ったんだ。窓も扉もない、大きな塔がね。誰の仕業かわからないから、みんな慌てふためいた。人間のできることじゃないからね。地球の頬毛だの、閻魔大王の陰茎だの、あ、まあ、最初はあまり良く思わなかったのさ」


「いんけー?」

「はははは、まあ、それはいいとして……塔の中がどうなっているか、気になるだろう? だから、みんなで入ってみようってなったのさ。壁をぺたぺた触って、入り口を探した。でも見つからない。ところが突然、ガガガガ! 壁が動いて入り口が開いたのさ!」


「すごーい! かっこいい!」

「だろう? で、中に入ったら、おっと危ない! 入ってすぐに、結構な段差があったんだ。底は見えていたし、大人二人いれば引き上げられるくらいの高さだった。それで、何人か降りて調べてみた。でも、何もない……と、思ったら、ゴゴゴゴゴゴ! 突然音がした!」


「わ、びっくり!」

「ふふふ、そう、みんなもびっくりして上を見上げた。そしたら、もっとびっくり! 天井が迫ってきていたんだ! 慌てて、段差を上がり、みんな塔の外へ飛び出した。ズシン! 危ない危ない。潰されるところだった」


「わなだね!」


 子供が目を輝かせた。


「ぼくもつくったことあるよ。草と草をむすぶやつ!」

「あー、ふふふふ。そう、罠。でも、罠じゃなかった。たぶん、うん……。それで、その落ちてきた天井は、段差のくぼみにぴったりはまって、平らになったんだ。そして、そこにはなんと……ご馳走やお薬、便利な道具が山のようにあった」


「すごーい! おくりものだね!」

「そう、神様からの贈り物だと、みんな大喜びさ。しかも、それは一度きりじゃなかった。日に何度も、誰かが中に入るたびにもらえたんだ。おかげで、みんな豊かに暮らせた。奪い合うこともなく、ああ……一つだけあったか」


「なにー?」

「ふふふ、おかーちゃんさ。みんな、女の人を取り合った」


「えー?」

「女の人が男の人を取り合ったりもした。揉めることも多かったよ。つまり、働かなくてよくなった分、時間が余ったんだ。で、みんな愛し合って、たくさん子供が生まれた。けれど、そのうち、こんな声が出てきた。『この村だけ塔があってずるい』ってね」


「じゃあ、塔も取り合ったの?」

「いや、そうはならなかった。誰かが神様にお願いしたのか、新しい塔が建ったんだ。欲しがる村に次々とね。すると他に欲しがった村にも、やがて町にも……国にも……」


「ああ! だからかあー」

「……そう。そして、また誰かがこう言った。『感謝の品を上に送ろう』って。食べ物や道具のお返しに、こちらからも贈り物をするようになったんだ。お花や絵やお手紙をね。でも反対に、こういうことを言い出した人もいる。『いらないものを送れば、我々の暮らしはもっと良くなる』ってね」


「いらないものって……ゴミ?」

「そう、ゴミさ。たくさんあったからね。働きたくないから、みんな片付けようとしなかったんだ。もちろん、初めは『神様に対して無礼だ!』って反対する声も多かったんだけど、神様が怒らず引き取ってくれることがわかると、他の村も真似し始めた。みんな遠慮なく、何もかも送った。平和が続いた。でも、また誰かがこんなことを言い出した。『贈り物を待つより、自分で上に行けばいい』って。もっと豊かな暮らしを求めて、次々に塔から上へ行ったのさ」


「ねー、それってさ、おかーちゃんも?」

「……そうだよ。でも、お父ちゃんたちも行くんだよ」


「やったー! じゃあ、ぼくたち、ずっといっしょだね!」

「ああ、うん……」


 二人はぎゅっと手を握り合った。夕日が塔の隙間から差し込み、まぶたの裏に赤い光を染み込ませる。

 そびえ立つ、影に染まった塔の列。その先は雲の彼方へと続き、終わりは見えない。天国への直通路だと誰もが信じていた。だが、本当にそうだろうか?

 父親は先ほど我が子が口にした『罠』という言葉の響きに、不安を抱かずにはいられなかった。

 だが、帰るべき村はもう、どこにもなかった。

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