クローン人間の法 :約1500文字
――カチッ。
朝、時計の長針が動く音で彼は目を覚ます。コンクリートむき出しの部屋。カーテンから差し込む日の光で、ほのかな水色に染められる。
あくび一つせず、スッとベッドから起き上がった彼は、衣服をすべて脱ぎ捨て、洗濯機の中へ放り込む。ドラム式の大きな透明の蓋の洗濯機だ。
片膝をつき、回転する洗濯物を見つめる。彼は目を閉じ、指揮者のように指を振り始めた。しばし、そのまま。洗濯機が発する単調な駆動音に、背筋を震わせる。
やがて、目を開けると、彼は次に鏡の前へと移動した。
全身を入念にチェックする。
休日、家に篭りきりだったため体毛が伸びたままだ。だから出勤日の朝は、バリカンと剃刀を使い、地肌しか見えなくなるまで徹底的に剃り落とす。剃り終えた毛は、小型の掃除機で一つ残らず吸い上げた。
次に爪を切る。無機質な部屋に、パチン、パチッと小気味よい音が響き、彼は耳を澄ます。
切り落とした爪の欠片も、先ほどと同じく掃除機で吸い上げた。
一息つき、次の工程に入る。と、その前に彼は鼻をすすった。むず痒い。伸びた毛先が内壁に触れているのだ。それで彼は鼻毛の処理を失念していたことに気づき、すぐさま処理をした。
仕上げにシャワーを浴びる。
風呂場から出る際に、細かい網目の排水溝ネットを外す。そこに溜まった擦り落とした垢は掃除機の中身と一緒に、自宅に設置が義務付けられている小型の焼却装置の中へ。
――ゴオオオオ。
炎がすべてを焼き尽くす音。何度耳にしても、飽きることはない。
これで外側は完璧に整った。次は内部だ。
トイレに向かい、用を足す。水洗式ではない。こちらも焼却装置付きだ。悪臭を放つ厄介者も、ボタン一つで一瞬にして燃え尽きる。
出し終えたあとは、補給を欠かさない。簡素なレーションと栄養剤を口に放り込み、水で流し込む。
再び鏡の前に立ち、歯を磨く。それから、剃り残しがないか最終チェックに入る。
彼は坊主頭を撫でつけ、ニカッと笑ってみせた。
健康的な白い歯が蛍光灯の光を受け、鈍く輝いた。
問題なし。これで、無個性軍団の一員だ。
彼らは、髪を伸ばすことを許されていない。ウィッグの使用も、CM撮影などで俳優が一時的に着ける場合のみ許可される。
なぜなら、彼らの頭頂部にはバーコードが印字されているからだ。これが証明書となる。これがなければ、クローンと本物の区別がつかない。
腕ではなく頭部に印字されるのは、目立つのと、街の至る所に設置された監視カメラによる照合をスムーズに行うためだ。
仕方がない。
たった一本の毛髪からでも、クローンを作り出せる時代なのだ。
どんな人間も、その年齢も自由自在に創れる。感情すら思いのまま。恐怖を拭い去るのも容易い。プログラムさえすれば、どんな思想も命令も植え付けることができる。
当然、犯罪組織がそれを利用しないはずがない。
軍人、大企業の社員、政治家、金持ち、そして一般市民のクローンでさえも、利用価値は無限だ。
ケチな犯罪をはじめとし、テロ行為、国家転覆。大いなる脅威に、クローン技術という偉大な発明も、こうして泥を塗られた。
……と、政府は言っている。
だから、彼らは『クローン人間禁止法』に従い、和を乱すことなく生活する。
もしも、自分のクローンが勝手に作られ、犯罪を犯したならば、その元となった者も罰せられるのだ。
政府は、すでに何人も処刑した。だが、今となっては誰も怯えていない。
政府が指南した防御策は完璧だ。人々がこの徹底した生活を送るようになってから、おぞましいクローン犯罪のニュースは一切耳にしなくなった。
ついに手にした平和。これこそが、あるべき社会の姿。先進国。これが人間。意思を持たない、ただ利用されるだけのクローンとは違う。
全員が同じような姿。出勤の時間になれば、一糸乱れぬ足並みと揃った靴音。その響きにどこか恍惚感を抱くのも、自分たちが正真正銘の人間だからだ。
ノーミュージック・ノーライフ。
今日も、踵を鳴らして歩く。
これが人間。
そう、これでいいのだと、彼らは疑念の声に耳を塞ぐ。




