往年のライバル、その対談
「ん、何? ここ? この椅子に座ればいいのか? はーい、カメラはそこね。ん? ははは、意識しなくていいって?」
「おいおい、ソファーくらい用意してくれよな、まったく……」
「がははは! お前もキツそうだなあ、友よ」
「年を取るといろいろとな。まあ、健康ではあるがな。自己判断では。ははは!」
「がはは! 医者なんぞの言うことなんか聞いておれんからな!」
「そういうこと。はははは!」
「ところで、これってもう始まってるのか?」
「それでいいんじゃないか? はははっ、それとも合図が欲しいのか? おーい、ピストルはないかい?」
「がはははは! そいつはいい! がはははははは!」
「ぐはははは! だろ? 今ピーンと思いついたんだ! 年とっても衰えちゃいないだろう!」
「わかるぞ、おれもアッチのほうもまだ現役も現役だ!」
「俺もだよ。もうビンビンもビンビン! 昔以上さ」
「嘘つけえ。お前、昔ユニフォームにくっきり出てたけど、大したことなかったぞ」
「おいおいおい、たまたまそのときはフルサイズじゃなかっただけさ。それに、今とは違う。比べてみるか?」
「お? やるか? ……え? 下ネタはなし? 使えない? おいおいそりゃないぜ、がはははははっ!」
「ぐはははは! 俺ら年寄りだって、浮いた話くらいあるのになあ!」
「そうそう。まあいいか。後にしよう。で、何を話せばいいんだ? 長年、金メダルを争ったライバル同士の対談ってのは」
「ぐはははは! そりゃお前、聞きたいのはその話だろう。ぐは、ぐはははは!」
「でも、もう何十年前だ? 半世紀か?」
「そう考えるとゾッとするな。時の流れは速いもんだ」
「まったくだ。と、また年寄り話だ。話を戻すぞ。えー、まあ、おれのほうがすごかったよな?」
「おいおいおい、俺のほうが、と言いたいところだが、メダルの数は同じじゃなかったか?」
「ああ……いや、待て待て、おれのほうが金メダルが多いだろ」
「そうか? だが銀メダルは俺のほうが多いはずだ。お前は銅止まりも多かった」
「いやー、どうだったかな? たとえ、そうだとしてもやっぱり金がすごい! だろ? がはははは!」
「いやいや、ポイントで計算したら俺のほうが上だな。金が三ポイント。銀が二ポイント。銅が一ポイントで――」
「金は五ポイントにしろよ。価値が違うんだから。どうせ見てるだけの奴はオリンピックも世界大会も金以外興味ないんだ」
「チッ、まあいい。確かにお前は速かった。あの二百メートル走、何度お前の背中を見せられたことか」
「ふふん、ま、お前もさすがだったよ。やはり生涯のライバルはお前だった」
「だな。いい思い出だ」
「……それで、どうなんだ?」
「何がだ?」
「いや、こいつらが聞きたいのはあれだろ。お前……ドーピングやってたろ」
「おいおいおいおい、蒸し返す気かあ? いいだろ、そんなことは」
「隠すなよお。おれらも老い先長いとは限らんぞ? ほら、ぶっちゃけちゃえよ」
「それならお前から言えよお」
「そうか? そうだなあ……ま、やってたわ!」
「ぐひゃははははは! だろうな! 昔から気づいていたよ」
「がぎゃはははは! そうだろそうだろ! ほら、お前も言えよ。気分がスッキリするぞ」
「えー、まあ……俺はやって……た! やりまくりだ! ぐひゃひゃはははははは!」
「がぎゃぎゃははははははは! そりゃそうだ! お前の足の太さ、とんでもなかったからな! 丸太みたいだった!」
「お前だってそうだ! どんどん太くなりやがると思ったら赤黒くなって、それこそ勃起したペニスみたいだったぞ!」
「がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! 下半身から三本生やしてたってわけだ! だが、お前だってひどいもんだったぞ。その次の世界大会だっけな。お前の足、破裂寸前にパンパンに膨らんでるなと思ったら、よく見りゃ身長もかなり伸びてたじゃないか」
「ああ、新薬ができてな。スポンサーがあれこれやってくれたんだ」
「がぎゃぎゃ! でもお前、上半身はそのままだからアンバランスで、乗り物に乗ってるみたいだったぞ」
「ぐひゃひゃ、でも速かったろ?」
「足の長さが違うからなあ。あれには絶望したぜ」
「しかし、お前もやはりすごい。その次の大会で、お前も身長を伸ばしてきたもんな。二つの意味で見上げた奴だぜ」
「ああ、こっちも新薬ができたんだ。まあ、お前のところにスパイしたとか何とか、まあ、その辺のことは詳しく知らん。おれはただ速く走るのが仕事だからな」
「わかる。盤外戦ってやつだな。……あ! それで思い出したぞ。お前んとこが、殺し屋を差し向けてきたことがあったんだ」
「え、お前のところにもか! まあ、だろうな。おれのとこにも来たよ。でも、お互い今生きてるってことは」
「そ。返り討ち。そのとき、俺はお前同様に身長を伸ばしてたからな。そいつが乗っていた車ごと蹴り飛ばしてやったよ。四十メートルは飛んだんじゃないか?」
「おれは五十メートルは飛ばしたな」
「やっぱ六十」
「いや、七十か」
「八十」
「がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「飛ばすと言えばほら、砲丸投げ。あいつらも絶対やってたな」
「あーわかる。両腕だけ太くてショベルカーみたいだったからな」
「それから水泳。水かきの他にヒレも生やしていたからな」
「遺伝子を弄ったんだな。誰かが指摘したら、『これは病気だ!』『差別するのか!』って喚いてたな」
「そうそう。しかし、遺伝子を弄るのは流行ったなあ。あの頃はどの競技の選手もやってたもんな」
「ああ、やっぱりチーターの遺伝子を取り入れるのが良かったな。筋肉がしなやかになる」
「ああ、それでかお前の足に斑点と毛が生えていたのは」
「そうそう、お前のあれは?」
「おれは馬にした。ただ良くなかった。ペニスのほうがデカくなって、肝心の足の速さはなあ。だからその次の大会はチーターにしたよ」
「ああ、ただ俺もそれが羨ましくて馬の遺伝子を取り入れたよ」
「なんだ! 結局同じなわけか! まぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「そういうことだな! げひゃひゃひゃひひひひひ! ……ん? もう十分だって? 次の目標? そりゃ君、決まってるだろう。なあ?」
「全種目制覇」「全種目制覇」
「マギギギギギギギギィィィ!」
「ゲヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィ!」
二人のアスリートは大笑いすると、椅子から立ち上がり、胸と腹に開いた穴から無数の触手を伸ばした。
互いに触手を絡め合った瞬間、部屋中に官能的な雰囲気が漂った。それは決して気のせいではなく、ヌメヌメとした触手から垂れる液体から放たれるフェロモンが影響していた。
一方が口を大きく開くと、そこから芋虫のような一際大きな触手がぬるぬると姿を現した。まるで包茎ペニスの皮を剥くように、ゆっくりとその先端から当人とそっくりの顔が現れ、顎を突き出しニヤッと笑った。
もう一方も同じように触手を出し、先端同士を合わせ、双方とも奇怪な声で鳴いた。
おそらく、これら一連の流れはスポーツ選手がよくやる複雑な握手と同じものであると思われるが、その不快さと高周波の笑い声で部屋のガラスが割れ、居合わせた者たちは次々に嘔吐した。
その後、二体のアスリートは裂けた背中から大きな翼を広げ、天井を破って外へ飛び出した。
二体は建物の真上を旋回し、翼の大きさを比べ合うような動作をしたのち、横並びで飛び去った。その姿は、今なお競い合うライバルそのものであった。




