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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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潜入! 闇ブリーダーの祭典

『ザ・地球の朝焼け 第百五十一回 ~闇ブリーダーを照らす~』


 ある日の早朝、ペットビジネスの闇に切り込むため我々取材班が訪れたのは、錆びたトタン外壁の小さな家。

 庭はかなり広く、大きな柵が設置されていた。その柵は乱雑に何重にも重ねられ、壁であると同時に目隠しの役割を果たしていた。

 そのため、外からはその闇を窺い知ることはできない。我々は覚悟を決め、ドアをノックした。


「うあーい」


 気だるそうな声と、どすどすとした足音がドアの向こうから聞こえてきた。姿を見せる前から、その怠惰な体形が頭に浮かんだ。


「あ、何? なんか用?」


 出てきたのはフケ混じりのボサボサの髪と無精髭の男だった。上下グレーのスウェットの下から醜く突き出た毛むくじゃらの腹が存在感を示している。

 我々は、ペットビジネスの闇を暴くために、この男と辛抱強く交渉した。その結果、なんとか了承を得ることができた。


「ふぁ~あ、早起きして待ってたから眠いよ。昼から来てくれりゃいいのに……」


 ここで悪徳ブリーダーについておさらいしておこう。簡単に言うならば、犬や猫などの動物を産む機械としか捉えていない者たちのことである。

 彼らは流行に目を光らせ、今人気の種類の犬猫を仕入れると、金網のケージに入れる。いや、檻と言ってもいいだろう。そこが犬猫たちが死ぬまで暮らす家だ。ケージがプラスチックなどではなく、金網の理由は掃除のしやすさにあるようだ。犬猫が出した糞尿がそのまま下に落ちるのだ。確かに、これならケージ内に溜まらないため、犬猫の体を汚さないという利点はあるが、床も硬い金網であるため肉球は痛み、狭い上に散歩もろくにしないため、爪は伸びっぱなしである。ストレスも何も考慮されていない。ケージから出すのは交尾のときのみだという。犬猫たちはここで体がボロボロになるまで子を産み続けなければならないのである。まさに機械だ。しかし、それは悪徳ブリーダーにも言えるのではないだろうか。血も涙もない、と……。

 この飼育所も例外ではない。餌と飲み水は確保されているようだが、金属製のケージが使われている。中に入れられている犬は、いや、猫は……あれは猫か?


「おお、目ざといな。どうだ、すげーだろ。ピューマと虎を掛け合わせたやつだ。これで今度の大会の優勝はいただきだ。ひひひ」


 ――大会とは?


「決まってるだろ。俺たち闇ブリーダーの祭典。闇のチャンピオンシップさ!」


 ――それは、ドッグショーやキャットショーのようなものですか?


「おいおい、知らないで俺に取材の電話を入れたのか? まったく呆れた運の良さだな。ほら、車を出すから手伝いな。連れてってやるよ、深淵へな!」


 我々取材班は男に言われるがまま、ケージの搬入作業を手伝った。

 やはり、檻の中に入れられているせいで、ストレスが溜まっているのであろう。それは牙を剥き、我々を威嚇し、さらに引っ掻いてこようとしてきた。しかし、檻を蹴りつける黙った。常日頃からこのような仕打ちを受けていることがわかる。


「……さ、ついたぜ。ここが会場だ」


 男に連れて来られたのは、広い野原だった。ここには何台もの車が停められていたが、彼らはピクニックに来たわけではないだろう。その車には傷やへこみの他に、違法な改造が見受けられ、反社会的な雰囲気が漂っている中、何よりも我々の目を引いたのは巨大なテントだった。

 、草木を覆い、天の目をごまかしてあの中で行われているのはこの世の闇に他ならないのだろう。だが、我々の番組はかつて売春組織や麻薬組織にも切り込んだことがある。恐れることなど何もない。あのときも問題なく環境に適応し、溶け込むことができた。ここも同じこと。そう思っていた。

 しかし、中で起きていたのはまさに狂宴だった。怒号と笑い声、そして金が宙を舞う。敷かれた藁の上に転がる酒瓶。糞尿と動物臭さが充満しているが、それは果たして本当に獣のものなのか。剥き出しの本能を向けるその先、この巨大テントの中央で行われているのはまさにデスマッチ。

 巨大な黒い鉄の檻の中で、これまで見たことがない二頭の生き物が戦っていた。檻の外では二人の男が声を張り上げて、生き物に命令を出している。


「いけ、噛み殺せ!」


「かわして体当たりだ! いいぞ!」


 ――彼らはいったい、何者なんですか?


「あん? 見ればわかるだろう。奴らは闇ブリーダー。あの檻の中で戦っている化物の主だ」


 マイベストパートナーや相棒といった単語がその二人の口から聞こえる。おかしな話だ。自分は安全地帯からただ命令を下すだけの卑劣な君主。我々取材班は怒りで拳を固く握った。


「まあ、体験したほうが話は早いわな。特別に俺の下僕を貸してやるよ。エントリーしてくるから喉を温めとけよ」


 男はそう言うと、鼻歌交じりで歩いていった。

 再び檻に目を向けた我々は、頭部に鳥の羽のようなものを生やした巨大な蛇が、象のような耳をした熊の体に巻き付く瞬間を目撃した。

 それは勝負がついた瞬間でもあった。観客の嬌声の中、熊の骨が折れる音が我々の耳にしっかりと届いた。まるで万力のように無慈悲に、淡々とそれは行われたのである。

 闇ブリーダーの一人が膝をつき、肩を落とす。闇ブリーダーと言えど、自分が育てた生き物に愛着があったのだろうか。その目から頬に伝う涙を見て、我々取材班は動揺を隠せなかった。

 ……と、ここでスタッフの一人が何かを発見した。それは、黒板だった。そこに書かれているのは、オッズのようだ。つまり、連中は賭け事をしていたのだ。

 しかし、それ自体は驚くことではない。ここに入った瞬間から、金を握り締める客席の男たちが見受けられたからである。

 郷に入っては郷に従え。我々取材班は有り金をすべて出し、次の試合、つまり我々の勝利に全賭けをした。


「おーし、行ってきな。お? 賭けたんか。え? 有り金を全部? はははっ! そりゃ肝が据わってるなぁ! なぁみんな!」

「お、いいぞー!」

「はっはぁ!」

「やったれやったれ!」


 狙いどおりだ。我々取材班はここでも馴染むことができた。

 だが、負ければ意味がない。我々のモンスターは先ほどここへ連れてきた、ピューマと虎の交配種である。


「命令は正確に、大きな声でな」


 相手は巨大なコウモリ。ただし頭部はマントヒヒのようであった。なんとも凶暴そうな顔つきだ。しかし、彼に、いや彼ら動物には罪はない。人間のエゴで作り出された哀れな怪物。大変、心苦しいが、連中、闇ブリーダーの懐に入り込むために我々は戦うことと勝利を決意した。



 ――すみませんでした……。


「あー、いいのいいの! 仕方ないって、初参加じゃあさ! いやー、あっという間だったな。咬みつかれて、見る見るうちに血を吸い上げられてなぁ」


 ――本当にごめんなさい。手塩にかけて育てたのでしょう?


「はははっ、いいって、いいって。しかし、ははは! あんた、『行け―! 殺せー!』としか命令しないんだもんな! いやー、笑ったよ。青筋立てて『かわせー!』『殺せー!』ってふふふ。ま、そんなに落ち込むなよ」


 我々は闇ブリーダーの男の意外な優しさ、度量の大きさに触れ、少々偏見を持ちすぎていたように思い、自分を恥じた。

 思えば、対戦した闇ブリーダーも我々の健闘を称えていた。闇とは我々の心の中にある。つまり、自分次第で大きくも濃くもなるのではないだろうか。


「ま、おかげで俺は儲けたしな」


 ――はい?


「ああ、向こうの勝ちに賭けてたんだよ。うちのやつに毒を仕込んでおいたからな。アイツのコウモリヒヒ、次の試合、血に混じった毒が回って、たぶん勝てないぜ。それでまた一儲けさ、はははははは!」


 やはり闇とは、人の業とはどこまでも深いようである。我々はこの密着取材を終えたあとも引き続き、この闇の闘技場へと足を運ぼうと思う……。

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