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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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痩せ続ける男

「……ふふっ」


 体重計の前に立つと、笑いが込み上げてきた。『おいおい、何をビビっているんだ?』と。

 最近、体が重くなった気がしていた。体感での予測は二、三キロ、最大でも五キロ増しといったところだった。

 久々に体重計を前にしてどこか緊張し、悪あがきみたいに服を脱ぐと、Tシャツの脇の部分が湿っていた。

 それはそうと、この突き出た腹……。若者ではないんだ、仕方がないと頭ではわかっていても、どこか物悲しい。まあ、それも筋トレなど運動をサボっている自分が悪いと言えばそれまでの話だが……。

 よし、今日から摂生しよう。

 ……と、考えていたのだが、なんだ、減っているじゃないか。通常時よりもマイナス三キロ。ただの杞憂だったか。これはめでたい。もうしばらくは不摂生でもいいわけだ。


 しかし、数週間後、また体重を量ると今度は安堵より疑念のほうがやや上回った。

 体重が前回量ったときよりも減ったのだ。それも四キロも。

 体重計が壊れたのかと思ったが、何度量り直しても数値は同じだった。では、単純に痩せたのだろうか? いや、見た目は変わっていないように思える。

 ……まあ、考えても仕方がない。太るよりはマシだ。


 しかし翌週、新しく買った体重計の上に乗ってみたのだが……。


「……また減っている」


 おれはそう呟いた。新品だが、不良品の可能性もある。しかし、二つの体重計の数値は同じだった。こうなってくると、正しいと思わざるを得ない。それが論理的な思考というものだ。そして、その頭をもう少し働かせて、おれは病院に行くことにした。

 病院の検査なら完璧な数値が出る上に、もし本当に体重が減っていたとしたら、その場で医者にどうなっているのか尋ねることができるだろう。

 そう思ったのだが……。



「これは……ええとそうですね。妙ですね」


 数日後、訪れた病院で医者が神妙な顔をしてそう言った。ただ、おれはその顔の奥に何か好奇心のようなものがあることに気づいた。

 体重は前回量ったときよりもさらに減り、四十キロになっていた。成人年齢を越えた男性の平均体重を大きく下回り、さらにダイエットなどしておらず、むしろ食べるようにしているのにもかかわらず、この数値だ。

 おれからそう説明を受けた医者も、顎に手をやり、黙り込む始末。

 見た目が変わらないということは内部に問題があるのかもしれない。ひょっとしたら骨がスカスカに……あるいは臓器の肉壁が薄く……。

 おれはそう思い、医者にお願いしていろいろと検査をしたが、異常は見つけられなかった。


「……ぜひ、また数週間後に来てください。できればご家族の方も連れて」


 医者は笑顔を作って、そう言った。もはや知的好奇心を隠さない笑みだった。おれはもう行く気がしなくなった。そもそも家族なんていやしない。結婚もしていない。


 しかし、数週間後、体重は三十キロを下回っていた。職場で誰かと肩がぶつかろうものなら、よろける始末。その変貌ぶりに周囲が驚き、心配するほどだった。

 だが、腕や足の細さ、突き出た腹など体形に変化はない。

 おれは自分自身が気味悪くなってきた。体重をもとに戻すために、アイスやスナック菓子、冷凍食品にフライドチキンを買い、口にかき込んだ。


 そして量った結果、体重は約十九キロだった。食べた分は加算されているはずなのに、この減りよう。おれは怖くなった。

 このまま体重が減り続けたら、おれはどうなってしまうのだろう。風船のように浮かび上がるのか?

 試しにジャンプしてみたが、別に滞空時間が増えたわけでもなかった。あまりにも馬鹿馬鹿しい仮説に、恥ずかしくなった。論理的思考からは程遠い。

 その夜は早くに寝て、翌日会社に行くと不思議な顔をされた。

 そうだった。しばらく休むように言われたのだ。つい昨日言われたことなのに、なんということだ。体の異常の影響が精神にまで及んでいたらしい。

 同僚が呼んでくれたタクシーで家に帰り、体重を量ると十一キロだった。

 おれの中の何が減ったのだろうか。何が欠けた? 何が? 考えるんだ。また医者に頼るか? しかし、病院は数値を操作される可能性がある。

 前回のあの病院がそうだったのだ。最初に量ったときは四十キロだったのに、医者にもう一度体重計に乗るよう言われて量り直したときには以前の体重に戻っていた。

 きっと彼らの仕業だ。そうとも、あの医者の指示だ。こちらを安心させ、取り込んでいいように実験する気だ。珍しい症例だから他に行ってほしくないのだ。そう、あいつのあの顔。好奇心に満ちたあいつの、あの顔は……あの顔? どんな顔だった?


 そうか……わかったぞ。

 わはははははは! 記憶だ。記憶が減っているのだ!

 おれが積み上げた知識! 経験! 思い出! 生まれ、物心ついてからのすべてを紙に書き連ねたらその重み、厚さはどれほどのものになる? 失ったそれらがおれの体を軽くしたのだ!

 むろん、通常ならばこんなことはあり得ない。だが、この異常現象を論理的に説明するなら、常識から逸脱した説も必要であるのだ。

 ははははははははは! 謎はとけた! ははははははは! そうとも、正しい! ははははは! おれは正しい! ああ、よかった。実によかった。




 体重を量ったら、三キロだった。

 たぶん、三だよな? これ……。

 あ、また減った。

 あ、今度は増えたぞ。

 減った。

 増えたな。

 もう一回だ。

 ええと、どうやって量るんだっけ……。

 ああ、片足だけのせるんだったな。

 そうしてきたんだ。

 そうそう、あっている。

 おれはただしい。

 うん、ただしい。

 あ、へったな。

 またへった。

 へった。

 また。

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