狼に育てられた少年は
とある研究施設の廊下を二人の男が歩いていた。
「ジョンソン博士。本日は遠いところからお越しくださり、ありがとうございます」
「いや、いいのだよ。私としても興味深い。それでこの廊下の先かね? 例の少年がいる部屋は」
「ええ、そうです。狼博士として名高い先生のお力をお貸しいただければと」
「ふむ、確かに私はその道でかなりの権威だと自負している。しかし、私の知識がどこまで役に立つか……まさか、狼に育てられた少年が現れるとはな」
「ええ、我々も保護したときは驚きましたよ。どうやら狼には二歳まで育てられたようです」
「ふむ。狼は感情豊かで面倒見がいい生き物だ。それに、気高く純粋で美しい。その少年も今は怯えてはいるだろうが、きっと狼の気質を受け継ぎ、純粋無垢で……ん? 二歳まで?」
「ええ、三歳からは猿に育てられたみたいです」
「猿に!? ということは狼からはぐれてしまったのか。それで猿に拾われて……」
「はい、それで、五歳からは猪に」
「猪!?」
「七歳からは熊に」
「熊!?」
「九歳からは虎に育てられ」
「虎!? いや、その口振りだとまだ続くのか!?」
「はい。十一歳からは人間に」
「人間!? ……あ、おお、人間か。それが普通だな。つまり保護されて、どこかの家で育てられていたのか。なるほどな。しかし、少年の野生の衝動が抑えきれず、手に負えなくなり、この研究所が引き取ったわけだな」
「いえ、洞穴で育てられたそうです」
「洞穴で?」
「はい、なんでも、その男は怪我をした遭難者で、少年に食料をとってきてもらっていたそうです」
「それじゃ育てられたのは、むしろその男のほうじゃないか!」
「それで、十二歳からはチュパカブラに」
「チュパカブラ!? ……チュパカブラ? あの伝説の? 未確認生物の?」
「ええ、チュパカブラ」
「馬鹿な! 嘘に決まっている!」
「ええ、でも指摘すると本人の機嫌が悪くなるので……」
「ははは! それが嘘の証拠だろう! ……本人? その少年がそう言ったのかね? 話せるのか?」
「ええ、例の遭難者から言葉を教わったそうです」
「ああ、なるほど。合点がいった。なんだ、意思疎通ができるのならよかったじゃないか」
「ちなみにその男はトレージャーハンターだそうです。日本という国で徳川埋蔵金や、他にも世界中でお宝を見つけたことがあると豪語していました」
「いや、嘘つきじゃないか! 少年はその男に嘘をつく快感まで教わったのだろう!」
「ええ、そのようで、少年は常に嘘をついてはこのような恍惚の表情を浮かべます。うひぃ……」
「最悪じゃないか! どこか純粋無垢だ! あああ、その顔はもういい! やめろ!」
「純粋無垢と言い出したのは博士ですので、私はなんとも……。それで、少年はこのドアの向こうにいます」
「ああ……いや、待て。言葉も通じる。狼に育てられたといっても初期だ。じゃあ、私にいったい何をさせたいのだ?」
「ええ、少年と対話して、彼の嘘を見破ってほしいのです」
「少年の嘘を? 私が?」
「はい、つまり相手は嘘つきの少年。『狼少年』なのでその上位存在である『狼博士』にぜひ相手をと」
「意味が違う! まったく……まあ、せっかく来たんだし会ってみるがな……ん? なんだ? 誰もいないじゃないか」
「……実は話には続きがあるんですよ、博士。野生動物に育てられた少年はその後、狩人たちから動物を守るために戦いに身を投じ、鍛えられた野生の力と人間の頭脳を駆使し立てた作戦で敵を圧倒。そして、世界のすべての動物を人間から解放すると誓う戦士へと成長したのです。博士、聞いた話によると、あなたの研究施設では狼を大量に飼育しているとか……。ふふふ、叫んでも無駄ですよ。この研究所の人間は全員始末しましたから。この『狼戦士』がね……」




