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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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ポケットの中のビスケットは

 午後過ぎのとある公園。四人の子供が地面に座り、話をしていた。


「あー、なんか腹減ったな……」

「そだなー。あの店行くか? ほら、あの窓ガラスバリバリビルの隣のとこ」

「いや、あそこはもう閉店したろ。そもそも金もないし、柿とか蜜柑とかとりに行くべ」


「あ、おれ、ビスケットならあるわ。四人で分けよっか」


「はははっ、あるって言っても一袋かよ。んなの、足しにならない、ならない」

「そうそう」

「はははっ」


「そうか? じゃあ、おれ食べちゃうよ」


「ああ食え食え、あ、ビスケットと言えばなんかそういう歌なかったか?」

「あー、歌って言うか童謡だな」

「あるある、昔聞いた。ポケットの中で叩くと増えるってやつな。はははっ、ちょっとやってみろよ」


「えー、ポケットの中がカスまみれになるだけだろ」


「はははっ、やれやれー!」

「はははははっ」

「ほら、それもいいけどゲームの続き続き」


「はいはいっと!」


「はははは、ホントにやったよ。あ、いいの引いたぜ」

「お、マジ?」

「ほう、見せてみろよ」


「おいおい、言われたからやったのに薄い反――」


 ……え? は? 増えて、え? どうし、え? ビスケット、ほ、本当に増えた?

 いやいや、落ち着け。えっと、おれが持っていたビスケットは一袋に二枚入りのやつだ。おれは封を開けて、そのうちの一枚をこの右ポケットに入れて、その上から手で叩いた。今は……右ポケットの中に二枚。ああ、二枚ある!

 しかも、確かに割れた音がしたのに二枚とも無事だ。ちなみに左ポケットには、さっき開けた袋に入ったままのが一枚ある。これは間違いない、増えたんだ。


「あの、これ――」


 あ、待てよ。ここでおれがそれを喋ったらどうなる? こいつらは大騒ぎして、きっとあっという間にこの話が世の中に広まり、そしておれは……


『おい、休まず手を動かせ!』


『も、もう無理ですぅ……休みを、休みをください……』


『駄目だ。貴様は休まずビスケットを生産し続けるのだ。ほら、腹が減ったなら食え。ビスケットならいくらでもあるからなぁ!』


『ひぃぃ、口がパサパサしますぅ、あ、やめて鞭はやめて!』


 と、なるだろう……。


「おい、どうした? 何か言いかけたろ?」


「え? い、いやべ、べつにににに」


 ふー、危ない危ない。悟られるわけにはいかない。そして、これはおれの力なのか、ズボンの力なのか、それともビスケット自体が特別なのか能力の解明が最重要事項だ。

 無限にビスケットを生み出せるのならうまくいけば、おれは大富豪になれる。いや、英雄だ。食糧問題の解決、世界平和、ヘンゼルとグレーテルも慄く、ビスケットのお城を築くんだ!

 それでだ。また叩いたらビスケットは増えるのか? 一度に二枚だけ? 二枚同時に割ったら四枚になる? 四枚は八枚に? ああ、想像するだけですご――


「ふーん、まあいいや。一枚くれよ」


「ん、え?」


「ビスケットだよ。くれるっつったろ? やっぱ腹減っちゃってさ。今度、礼はするからさ」


「えーあー、粉々だよ粉々!」


「いや、一枚あったろ。別のポケットに入れたんだから」


「あー……でもほら、他の二人に悪いだろ? そ、そうだよ! 争いの火種になる! おれは平和主義者だ!」


「いや、俺らは別になぁ」

「そうそう、柿とか盗みに行くし。そもそもお前、一人で食おうとしたろ」

「ほら、二人もこう言ってるし、くれよ。ははは、なんだ? まさか……本当に増えたの――」


「そんなわけないだろ! ふざけんなよ!」


「怖」

「急にどうしたんだよ」

「大丈夫か?」


 こいつら……感づいてやがる。なんて鼻の鋭い卑しい獣だ。ああ、おれからビスケットを奪う気だ。自分さえよければそれでいいという、人の幸福を喜べず足を引っ張ることしか脳にない最低な野郎どもだ。


「どぉしたぁ?」

「息がぁ荒いぞぅ?」

「何かぁ言えよぅ」


 あ、あ、あ、歪んだ声にギラっと光る目。ケダモノめ。クソッ、どうごまかせばいいんだ……。


「まあ、別にいいけどさ」

「ビスケットくらいなぁ」


「ふぅ……」


「いやぁ、なんか怪しいな。別の何かを持っているんじゃないか? ちょっとポケットの中身を全部出してみろよ」


「な、ないよ! 殺すぞ!」


「どこが平和主義者だよ」

「腹が減って気が立ってるんだろ」

「そうそう、そろそろ行こうぜ」


 よ、よし、よかった。なんとかなった。これで……。

 いや、これでいいのか? なんやかんや言っても、こいつらは大事な仲間だ。それなのにおれは……。


「ん、おい。本当に大丈夫か?」

「ああ、今日は休んだらどうだ?」

「後で持っていってやるからさ」


 ……くそ。馬鹿だな、おれ。


「なあ、これ……」


「うん? ビスケット?」

「なんだ、そこにも入れてたのか」

「ははは、いつのだよ。食いしん坊め。肌身離さず持ってるもんな」


 ……え? あれ? ポケット……あ。この服、たくさんあるから間違えたんだ。叩いたのはやっぱり粉々に……。

 まあ……それもそうだよな。現実にそんなこと、あるわけないか。


「……ふふふっ、はははははは!」


「怖い」

「急に笑うなよ」


「ああ、うん。さっき開けたのと合わせて無事なビスケットが三枚あるから、お前らがそれで、粉々になったやつがおれで、みんなで食おう。景気づけにさ」


「ははっ、ま、いただくとするか」

「そうだな、うまくいくようにな」

「一番綺麗なのは俺にくれよ」


 おれたちは配給品の薄味のビスケットを食べながら歩き出した。肩慣らしに手に握った鉄パイプでコンクリートの塊を叩く。脆くなった塊はあっけなく砕け、いくつかの破片になった。

 この世は減るばかりだ。荒廃したこの世界は大人にも子供にも厳しい。

 それでも、日々を楽しくをモットーに、おれたちは拾い集めたカードゲームで遊び、権力者どもから食い物を奪い、生きていく。

 

 おれたちのポケットはいつも空っぽだけど、その分、たくさん詰め込めるからいいんだ。

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