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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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わらしべ長者の藁

「へへっ、おれも、ここまで上り詰めるとは思わなかったなぁ、うへへへ」


 むかしむかし、あるところに、一人でニヤニヤする男がいました。ええ、だらしのない顔です。しかし、それもそのはず。彼は一本の藁から物々交換を経て、この立派な屋敷を手にしたばかりなのです。自分のその豪運に酔いしれるのも無理はありません。


「たかがアブを結んだ藁がなぁ……。泣いている男の子のために、その母親が蜜柑と交換してくれて……ん?」


 と、事の始まりを振り返っていた男はこう思いました。

 あの藁、すごいんじゃないか? と。

 そもそもの始まりは、観音様へ願掛けして頂いた『この観音堂から出て最初に掴んだものを大事に持って旅に出なさい』というお告げでした。彼はそれに従った結果、立派な屋敷を手に入れたのです。

 そして、その最初に掴んだものというのが一本の藁でした。あれが特別な、そう、まさしく幸運の藁だったのではないだろうか? だとしたら、いや、そうでないとしても、自分にとっては幸運の品であることは間違いない。

 この話がやがて世に広まれば、実物を見たいという人も現れるはず。すでに噂になっていると聞く。

 むろん、そうなったとしても、たかが藁だ。いくらでも手に入れられるし、偽物か本物かなんて見分けはつくまい。しかし、人を騙せば元が元な話ゆえ、罰でも当たりそうだ。それに今の自分の財力なら買い戻すことも簡単だ。

 あの母親……。子供と歩いていたということは、そう遠くから来ていなかったはずだ。住んでいる場所も絞れる。よし、今すぐに行こう。部下には任せられん。適当にその辺で拾ってくるかもしれないからな。

 そう考えた彼は馬に跨り屋敷を飛び出しました。懐にたくさんのお金の入った巾着袋を入れて。これだけあれば簡単に買い戻せるはず。彼はそう思いました。そして、無事にあの男の子を見つけることはできたのですが……。


「え? あの藁? ああ、どこやったかなぁ」


 クソガキがぁ……。お前、あんなに欲しがってただろうが。大切にしろや。お前の母親が蜜柑三個と交換したんだぞ。どう考えてもその蜜柑食ったほうがよかっただろうがぃ……。

 と、彼は思いましたが、ここは我慢、我慢。怒鳴りつけ、唯一の手掛かりを逃すわけにはいきません。


「ははは、よく思い出してごらんよ。ほら、この銭をあげよう」


「え、いいの!? ありがとう! うーん、でもなぁ……もっとくれたら思い出せそうな気がするなぁ」


 こいつ……いや、落ち着け。手掛かりはこの子供しかないのだ。たかが小銭だ。いくらでもくれてやるさ。


「へへ、ありがとさん。うーん、あ! そうそう、あの藁に結んだアブが逃げちゃったからさ、捨てたんだ」


「なに、このっ、いや、どの辺で捨てたか覚えていないかな? ん? ああ、銭ね。はい……」


「んーっとね、あ! でも人から貰ったものだし、やっぱり、その辺に捨てるのもなぁって思ったから」


「お! うんうん! それで!?」


「草履屋さんの藁の中に混ぜたんじゃなかったかなぁ」


「つまり……町のほうだな! よし!」


 彼はまた馬に跨り、町に向かいました。今の自分の財力なら草履もその材料も全部買い上げることができるだろう。さすがに普通の藁と見分けはつかないだろうが手元にあるというだけで、どこか心強い。それにまた幸運を齎してくれるかもしれない。そうとも『その藁全部と城を交換してくれ!』なんてことがあるかも。そうなれば、おれはきっと歴史に名を刻むことになるぞぉ……。

 

 顔のニヤけが止まらない彼。やがて、大笑いしました。

 前方に大きな荷物を背負った男がいるのが目に入ったからです。

 そして、その荷物というのは藁でした。草履をいくつもぶら下げていることから、その男が草履屋であることは間違いなさそうでした。

 堂々とした店を構えているかと思いきや、あの貧乏臭さ。おそらく、この橋の上で商売していたのだろう。そろそろ家に帰るという訳だ。よし、買い占めてやる。ああ、おれはなんてついているんだ!


「おい、そこの! あ!」


 彼が急停止させた馬は大きく前足を上げ、鳴き声を上げました。草履屋の男はそれに驚いて仰け反り、わわわわっと橋から落ちそうになりました。なんとか堪えたものの、背負っていた藁は川にドボン。

 それを見た彼は大慌てで馬から降り、川に飛び込みました。


「その馬をくれてやる! 藁はおれのものだ!」


 驚き、橋の上から見下ろす草履屋の男に向けてそう言い、彼は流されていく藁をかき集め始めました。しかし、予想外に川は深く、足がつかず彼は慌てました。溺れまいと何とか泳ごうとするのですが、懐に入れたお金の重みでどんどん沈んでいきます。

 それでもお金を捨てられない彼は必死にもがき、手を伸ばしました。

 近くにいた町人が、その様子を見てこう言いました。


「溺れる者は藁をも掴むんだなぁ」

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