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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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貪婪

 あたしの好きなもの。

 まずは、あたしのネコちゃん。名前はミィ。パパが名前をつけようとしないから、あたしがつけたのよ。フワフワでね、抱きかかえるとすっごく温かいの。ミィもあたしが好きみたいで、抱きかかえると腕をペロペロ舐めて甘えてくるのよ。

 それから、あたしのワンちゃん、イチよ。これもあたしが名付けたの。イチはあたしと同じで、寒がりでよく震えているの。抱きかかえてもそれほど温かくはないわ。フワフワしてないもの。でも好きよ。でも、でも、もっと好きなもの、それはね……


 ――お邪魔します。

 ――ああ。


 パパの助手のコウイチさん……。

 ああ、またおうちに来てくれたのね。嬉しい。あっ、あたしが好きなもの、もう一つ思いついた。階段を下りるコウイチさんの靴音、それから彼の匂いに、声でしょ、あとね、ふふふ、一つどころじゃないね。

 ああ、またこの部屋に来てくれるかな。ドキドキしちゃう。あら? 残念。パパのお部屋に入ったみたい……。何を話しているのかしら。聞きたいけど、あたしはこの部屋から出られないの。パパが言うには、あたし、病気なんだって。もどかしいなぁ。でも文句を言っちゃダメ。だって、パパが悲しそうにするから。パパは一生懸命なの。あたしの病気を治そうと毎日毎日頑張ってるみたい。ちゃんとご飯食べてるか心配。あたしが食べさせてあげられたらいいのに。

 あっ、ふふふ、あたし、ダメね。一番好きなものを忘れてた。

 パパよパパ。大好き。

 あ、でもごめんなさい。今はやっぱり、コウイチさんね。ふふふ、来てくれたみたい。

 ああ、もう。もっとあたしの目がよかったらなぁ。そうしたら彼の顔をよく覚えていられるのに。足をもっと自由動かせたら、彼の近くにいられるのに……。それに、もっともっと……。


「コウ、イチさ、ん?」


「……やあ、リカちゃん」


「きょ、うはさむい、のね」


「そうだね……」


 ああ、嬉しい。コウイチさんがあたしの頭を撫でてくれた!

 でも、何だか悲しそう……。あたし、わかっちゃうの。大好きな人だもの……。


「コウイ、チ、さん、あた、し、なおる、の?」


「……あ、ああ、なおる、とも」


 うふふ。意地悪な質問しちゃった。でも、コウイチさんったら戸惑って、あたしと同じような喋り方したね。とってもかわいいなぁ。


「だき、しめ、て、くれる?」


「ごめん、もう行かないと……」


 そうよね、パパの娘だもの。恋心なんて持っちゃダメって?

 ……ううん、わかってる。あたし馬鹿じゃないもの。コウイチさんはあたしがまだ子供だから好きになっちゃダメだと思っているんだ。

 でも、あたしだって愛し合う男女がどんなことするかわかっているのになぁ。たまに声が聴こえてくるの。夢かもしれないけど、ううん、きっとこの体に刻まれているのね。その紡がれてきた本能、生殖行為について。

 なんてね。それっぽく言ってみたの。パパの娘だもの。難しいことだって考えられるのよ。

 あ、ほら、ドアの向こうから女の人の声が聞こえてきたわ。すごく叫んでいるみたい。相手は誰かしら。ひょっとしてパパ? なんてね。でも、あの声を聴くとすごく体が熱くなるの……。

 ああ、ひょっとして、女の人はママかな? そう言えば昔、聴いたような気がする。でも違うかな。

 まだあたしが元気だった頃、夜中に目が覚めて部屋を抜け出したの。探検気分で、すごくドキドキしたの。

 でも、すぐに体の熱は冷めちゃったわ。ベッドから出たせいね。裸足だったから床が冷たかったの。

 それで、心細くなったあたしはパパとママを探したの。そしたら二人の寝室で、パパがママの上に乗っかってね。ママったら大きな声を出して喜んでいるみたいだった。

 ああ、でも、あたしに見られていることに気づいて、ママは悲鳴を上げちゃったの。パパったら大慌てしたのよ。うふふ、邪魔しちゃったのは悪かったけどあの時の二人の様子、面白かったわ。

 まあ、今はもう歩けもしないんだけどね……。それにママもいない。出て行っちゃったのかな。あたしのせい。あたしが病気になったから。ママのことも好きだったのに。今はこの部屋に独りぼっち……ああ、ごめんなさいね。あなたがいたものね。ミィちゃん、ミィちゃん。フワフワのミィちゃん……あれ?

 もう、パパったらまたやったのね。ミィちゃんの毛が一部ないわ。もう、いつもそう……。前の子もそうだった。だから逃げられちゃうのよ猫にもママにも。

 でも好きよ。パパも、毛を刈られちゃったミィちゃんも。

 あっ! 痛い! 噛まないでよ、もう……。でも、温かいわ。ああ、眠い……。

 



 ……階段を下りる音がする。あらやだ、コウイチさんだわ。あたし、寝起きなのに。

 あら? パパの足音。二人ともあたしの部屋の前にいるのね。何を話しているのかしら。


「――だからもう――です!」


「今は――いしている」


「でも――したんでしょう! 何匹――するんですか!」


「猫なんて他にいく――いる」


「猫の話じゃないですよ! どんどん――くなっているでしょう!」


「もう少しで全てうまくいくんだ!」


 喧嘩? 男の人同士の言い争い、初めて聞いちゃった。なんかどきどきしちゃう。

 でも、パパの負けみたい。足音が遠ざかっていくわ。さすがコウイチさんね。なんて、贔屓したらパパが可哀想かしら。

 あ、鍵の音! 部屋に入ってきてくれるの? どうしよう! 寝たふりをしたほうがいいかな。


 ああ、足音が近づいてくる。

 ああ、彼の息遣い、すごく荒いわ。まだ喧嘩の興奮が冷めてないのね。

 ああ、どうしよう。興奮しちゃう。コウイチさんの手が近くに……。




 ……あ、床が冷たいわ。体も冷めちゃった。

 もう、コウイチさんたら、ベットリね。

 あら? イチ。久しぶりね。あなたはミィたちと違って、全然あたしの部屋に来てくれないのよね。

 しぃー、ダメよ。吠えないで。今はすごく調子がいいの。パパを後ろから驚かせちゃうから。

 

 パパはどこにいるのかしら?

 ここかな?

 違う。

 

 じゃあ、ここ!

 

 えっ、ここは……何?

 ああ、女の人の声がする。男の人も、それに子供たちも! 檻の中にたくさんいる……なんなのここ……ああ、なんなの! 目よ! 目が背中に! ああ、耳も鼻も! それに、これは髪の毛? 何なのこの子たち! ……パパなの? 全部、パパの仕業なの? こんなの……ひどい……。

 あら……? パパの声だわ。隣の部屋から……? ブツブツ喋ってるみたい。怖い……。

 でも行かなきゃ……じゃないと何もわからないもの。そうよ、きっと何か理由があるはず……。みんな、静かにして……。パパ、一体何をしているのかしら……。


「えー、よって今回の実験がうまく行けば、娘の主要な臓器は全て揃うことになる。耳から始まり、目と髪の毛、内臓等ネズミの体内で培養することに成功した。娘の細胞の移植先はやはり猫よりもネズミのほうが良いようだ。そして、難しいと心配していた脳だが、順調に育っている。すでに大きさは成人女性並で、まだ大きくなる見込みあり。生前の娘の記憶の断片がいくつか見受けられ、人格面も問題……問題ない。確かに助手が指摘した通り、時に強い攻撃性を見せるが、それはネズミのものなのだろう。その対象が猫ばかりなのも納得がいく。また、食欲を満たしておけばそれも軽減されることがわかっている。拘束具は強い拒否反応を見せるため、着けることはできないが、食事の中に筋弛緩剤を混ぜているので問題はない。……もうすぐ、もうすぐ娘が帰ってくる。そうすれば私の研究に怯え、出て行った妻もきっと……。学会の連中も見返し、全てが元通りにな――」




 あたしが好きなもの。

 パパ。パパ。パパ。

 おいしい……。

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