ある雪夜の顛末
【吹雪く夜。古びた山小屋。風が打ちつけ、窓が不安げな音を立てる。ドアの隙間から冷気が室内に流れ込み、中にいる者たちは自然と背中を向ける。室内は狭い。しかし、暖炉の灯りは端まで届かず、奥行きがあるように思わせる深い闇が陣取っていた。
この山小屋に逃げ込んだ四人は、ガタついた木の椅子を持ち寄って暖炉の周りで酒瓶を鳴らし、乾杯をした。ゲハハと品性の欠けた笑い声が壁を震わせ、山小屋の外まで響く。
『寒い! もっと火を強くしよう!』
『煙草いるか? あったまるぜ』
『これを燃やせ!』
『ガハハハハ! 小屋が燃えるぞ! ガハハハハ!』
焦げた臭いと煙が小屋の中に充満し、その臭いは幽鬼の如く、隙間から外に漏れていった。
『臭い、臭い!』
『ゲハハハハ!』
『ほらほらほら! 床が燃えるぞ!』
『俺が踏んで消してやる! それ!』
ドン! ドン! ドン! と振動が床から壁に這うように広がる。一つだった足踏みが増え、振動はさらに大きく、そして笑い声は歌声に変わった。陽気な歌が壁を越え、外まで漏れている。
『ゴーシェはまだか!』
『この雪だ、遅れてるのだろう』
『急がせろ! ガハハハハ』
『哀れなゴーシェ、パシリだゴーシェ、ゲハハハハ!』
再びドンと床が踏まれた。それだけでなく壁も叩かれた。先ほどよりも激しい。壁に背中をつけて、拳と頭で叩いているようだ。どうやら酒と火で体は温まったらしい。暖炉のそばから離れたのだ。
『ウォオオオオオオオオオウ!』
また別の一人は窓を開け、外に向かって吠えた。狼の真似らしい。気高さは一切感じられなかった】
――ドン!
壁が叩かれた。すると四人の声が止んだ。しかし、それは一瞬のこと。すぐに波の揺り戻しのように、室内にまた笑い声が響く。
【四人はせせら笑いながら言った。
『今のはゴーシェか?』
『そんなわけあるか。叩かれたのは壁だぞ』
『叩くならドア』
『ああ。この山に伝わる怪物の仕業さ』
『怪物? なんだそれ』
『なんてことはない。醜く哀れな怪物さ』
『こっちは四人だ。恐れることはない。無視して飲もう』
『来てみろ怪物! 返り討ちだ、ハッハッハァ!』
四人の笑い声がまた響いた。そして彼らは壁や床を楽器のように叩いた。
ドン、ドンドンドンドンドンドン……
――ドン!
怪物が山小屋の壁を叩いた。するとまた一旦は静まったが、すぐに笑い声が戻った。ただし、先ほど以上の嘲笑めいた笑い声であった。
次いで酒瓶が割れた音がした。誰かが壁に投げつけたのだろう。酔いは体に存分に回っているらしかった。下卑た笑い声と罵声はその後も止まることなく続いた。
怪物は爪を研いだ。そして、今度は壁ではなくドアを叩きに行った】
「お、ピザ来た?」
「隣の部屋の奴が文句言いに来たんじゃね?」
「そんな度胸ねーって。確か引きこもりかなんかだ。ピザだピザ! 今開けまーす!」
「むしょーく! げはははは!」
彼はピザ屋を名乗った。時に、怪物が待ち人の声真似をするのは創作物でよくある話である。
そして、ドアが開かれた瞬間、彼は応対した一人目の喉を包丁で三回続けざまに刺した。
刺された一人目は目を見開き、ぶぶぶぶと唇を震わせ、壁に沿って倒れた。
彼はそのまま部屋に上がり込んだ。
くつろいでいた他の三人の目が一斉に彼に注がれたが、まだ理解の外にいるようで、座ったり、寝そべった体勢のまま、立ち上がりはしなかった。
彼は一番近くにいる男に狙いをつけた。その二人目は白いTシャツを着ていた。彼はやはり喉を狙ったが、相手が手を前に出したので狙いが逸れ、包丁は左の鎖骨辺りに刺さった。
彼は嵐に揺れる木のように、振りかざし、引いては振りかざしと、包丁を何度も抜き差しした。そのたびに二人目のTシャツに血が染み込み、さらに五、六回沸騰した水のように血が跳ねた。
三人目は青いTシャツを着ていた。二人目が上げた悲鳴で、ようやく状況を把握したのか、彼に背中を向けて立ち上がろうとしていた。しかし、酔っていたためか、それとも腹についた脂肪が重かったのかその動きは鈍かった。
彼が三人目の背中に飛び掛かり、体重をかけると三人目は蛙のような体勢になった。
彼は三人目の首筋を切りつけた。しかし、切れ味が悪く、思ったようにはいかなかった。そのうち、彼は包丁のアゴの部分を引っ掛けるようにするといいと気づき、そうすると三人目の首筋から、ニキビを潰した時のように血が勢いよく噴き出した。
四人目は窓から逃げようとしていたが、こちらも酒に酔っていたせいか、あるいは恐怖で腰が抜けていたのか、足が柔らかい雑草のようにへにゃっとしていた。
四人目は振り返り、「おりゃれはりゃりゅくない!」と、言ったが、その活舌の悪さから彼には何のことかわからなかった。それもまた酒か、あるいは恐怖のせいか。何にせよ、彼がこれからやることになんら影響はなかった。
彼はまた相手の喉を狙ったが、四人目が光を眩しがるように手を顔の前に広げていたので、包丁はその右手のひらに刺さった。
四人目は悲鳴を上げ、身をよじったが足がもつれ、倒れた。包丁の刃先が曲がっていることに気づいた彼は四人目に馬乗りになり、包丁の刃を四人目の首に押し付け、先ほど学んだこと、包丁のアゴの部分で肉を裂いた。
連日、アパートの部屋の隣人が出す騒音に悩み苦しみ、殺人事件に発展するのもまあ、よくある話である。
ピザ屋の配達人はちょうど全てが終わった頃に来た。
彼は開けっぱなしのドアの前で立ち尽くす配達人からピザを受け取ると、一枚ちぎって食べた。ピザは熱かったが、指先が冷えていたのでちょうどよかった。
心臓は未だ早鐘を打っていたが、指先の他に足先と濡れた脇の下と脳は冷えていた。
代金は一人目の財布から紙幣を数枚抜き取って支払った。その際に一番上と下の紙幣に血がついた。配達人はそれを両手で受け取った。
丁寧にしようというよりかは、震えていたため落とさぬようにしようという考えだった。「釣りはいらない」と彼が言い終わる前か後か、配達人は駆け出し、バイクに跨ると一目散にその場から去っていった。
雪降る中、闇に消えるまで彼はその背中を見つめ、そして微笑んだ。
――彼がゴーシェか。イメージした通りの男だった。
彼はそう思い、どこか親しみを感じた。
彼は自分の部屋に戻って、小説の続きを書こうと考えた。
きっといい出来になると思った。
小説に実体験を取り入れるのも、よくある話である。




