工事の苦情
「はい。こちら――」
「市役所だな?」
「ええ、はい。そうでございます」
「工事の苦情で電話したんだが」
「あ、はい、ですがそれですと工事業者に――」
「番号がわからないからここに電話したんだ。それにこれは市が許可したものだろう? お前らが言えばすぐにやめるはずだ。さあ、はやくやめさせろ。地下の工事! 新しくまた住居を作ってるんだってな!」
「ええ、はい、そうでございます。ご存じのとおり、人口過密が深刻な社会問題でして、はい」
「わかるよ、その気持ちは。だが、とっとと中止にするよう言え」
「はい、あ、いいえ。ええと、それで、騒音の苦情でございますか? 近隣住民の方にはご迷惑をおかけする旨を事前にお知らせして――」
「聞いちゃいないよそんなもんは! いや、事前に聞いてても納得できん!」
「ははぁ、申し訳ございません。ですが……因みに地下の工事と言うのは、ええと現在、掘削作業中のものですね? でしたらもうすぐ完了する予定ですので騒音も収まるのではと」
「それじゃ遅いんだよ! はやく、早くやめさせねえか!」
「ええ、大変申し訳ございません。あの、近隣住民の方ですか?」
「そーだよ! ん、おい、何だ? 疑っているのか?」
「いえいえとんでもございません。ただ……市や県をまたいでクレームを入れてくる方もいるにはいますので、はい」
「……俺がそうだって言いたいのかよ」
「とんでもございません! ですが、住所とお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 確かなお声として上司に報告をさせていただきますので、はい」
「だからそんな悠長なこと言ってられないんだよ! 俺だってなぁ、お前らがいいなら別にそれでもいいんだ! でも上司が言うからこうしてあれこれ調べて電話したんだろうが」
「はあ、上司の方が苦情を……。ええと、そちらは住居ではなく、お勤め先ですか?」
「まあ、家みたいなもんだがな」
「そうですか……妙ですね。現在作業中のエリアの上には、三十階を遡っても会社のご登録はありませんが……もしや、非合法の……」
「おい、何だってんだよ! さっきからグダグダとよぉ!」
「いえいえ、あー、そういうわけですか。道理で言葉遣いが、なるほど……」
「ああ? なんだてめえ」
「いえいえ! おかげ様で世界最大規模の地下施設でございますので、はい。工事の段階で色々な輩が威光にあやかろうと、せしめようと、おこぼれにあずかろうとするものでして。しかし、暴力団の方とはお取引はしませんので、はい、ではこれにて――」
「あ、おい! クソッ、切りやがった! あーあー! もう知るか!」
彼はそう言うと部屋から出て、上を見上げた。
パラパラと落ちる石のかけら。そこから僅かに見えるドリルの先端。
地の底。地獄の亡者たちは折り重なるようにして、穴があくのを待っていた。




