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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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君と密接俺の密室

 好きな女の子、あるいは好きになりかけている女の子とロッカーなどの狭い空間に閉じ込められるというシチュエーションが、恋愛漫画などによくある。

 ……そう、ロッカー。ここは間違いなくロッカーの中。そしてピッタリと体を密着させているこの子は紛れもなく、俺が好きな女の子。

 嬉しいことに向こうも同じ気持ちだったのかこの状況、満更でもない様子。つまり、俺たちはあと一押しで付き合えるそんな関係。心臓はドキドキ。膀胱はパンパン。

 

 ……そう、俺の膀胱は今、パンパンなのだ。よりにもよってトイレに向かおうとしていたタイミングでなんやかんやあり、ロッカーの中に閉じ込められてしまったのだ。

 十七年生き、恐らくこの先も含め、人生最大の危機。それに気づかずに彼女は「閉じ込められちゃったね」などと色気づいた声で言う。察しが悪い。実に悪い。俺の顔はきっと青ざめているだろうに、彼女は呑気にこの状況を楽しんでいる。俺はそれでも惚れた弱みから「そ、そうだね」なんて話を合わせる。

 彼女の吐息が首にかかり、彼女の髪のいい匂いが鼻腔を刺激する。

 擦れ合う太もも、押し付け合う胸。その体の柔らかさ、楽しむ余地もそれを残念と思う余地すらない。

 

 俺は小便がしたい。したいしたいしたい。


 尿が俺の脳までせり上がってきた気がする。ああ、他に何も考えられない。頭を揺らせばちゃぷんちゃぷんと音がしそうだ。

 ああ、尿意以外にも考えられることがあった。


 痛い。いたいいたいいたい。


 小便がしたすぎて性器が痛くなってきた。にもかかわらずこの女は「今、人に見られたら誤解されちゃうね」なんて囁いている。さらに「別にいいけど……」なんてボソッと添えて。

 それに対し、俺は「ああ」としか言えなかった。言葉を発し、体に膀胱に振動を与えることを避けたかった。

 女は「それって……」と囁いた。次に「ううん、何でもない」と。

 ならもう喋るな。黙ってろ。身じろぎするな。太ももを、胸を当てるな。俺の体を揺らすな。


 ……ふと、ここで漏らしたのならどうなるのだろうとおれは考えた。この女が悲鳴を上げることは間違いない。そして、おれの残りの高校生活が凄惨なものになることも想像しやすい。

 俺はブルッと震えた。恐怖ではない。漏らす想像をしたせいで、一滴二滴、尿が漏れ出たのだ。

 違うぞ。まだゴーサインは出していない。さあ、引っ込むんだと念じ、蛇口を閉めることには成功したが新たな問題が浮上した。

 いや起立した。そう勃起である。むろん、この状況に興奮したわけではない。これは生理現象である。朝立ちに手を煩わされることはままあるが、まさか放課後にそれになるとは。いや、小便がしたすぎてそうなったのかもしれない。

 女もそれに気づいたのか「あっ」と声を上げた。俺はしまったと思ったが、幸いなことに不快感は抱いていないようだ。色めき立った声で一安心。いや、女はどうでもいい。


 俺は尿を出したい。だしたいだしたいだしたい。

 

「……苦しいなら出してもいいよ」


 女が……いや女神が俺にそう囁いた……。その優しさ、慈愛の心に胸打たれその奥、ああ、この心臓を捧げたっていい。お言葉に甘えて……いやいや、女神様を汚すなんてそんなこと……と思ったのに、どういうつもりだ? 女が俺の股間に触れ、そして撫でまわしたのだ。

 ……ああ、そうか。この淫売は俺が興奮していると思っていやがるのだ。


「心臓の音、すごいね。多分、私もだけど……」

 

 馬鹿が。それは尿がぐるぐる体の中を駆け巡っているからだ。いや、そんなこと有り得ないな。尿は膀胱の中だ。今も昔もそうだ。

でも血管を通って体中をぐーるぐるだ。馬鹿な。ああ、小便のこと以外考えられなくなってくる。

 そんな中、この悪魔は指で俺の股間をそっとなぞり「んっ」だの「あっ」だの声を漏らしている。

 漏らしたいのは俺の方だ。もう、防護壁にはヒビが入っている。ほら、そのヒビからまた一滴漏れた。

 

 と、大悪魔がスッと手を引いた。もしやズボンにまで染みこんだか? と俺は思ったが違うようだ。


「ごめん……ちょっとおかしくなっちゃってたかも……」


 どうやら悪魔は改心したようだ。ただ、今度はこちらがおかしくなりそうだ。ああ、ションベンがしたい。したいしたい。ジョーボジョボジョボジョボジョボ便器の中に出せたら。あぁ、頭の中が黄色に染まっていく。尿、小便、おしっこ、小水、しっこ、しし、聖水……


 ――あ


 柔らかな感触。それはまるで天界から落ちた一滴の蜜。あるいはハンカチに垂らした香水。荒廃した大地に落ちた最初の雨の一粒。ふわっと包みこみ広がり染みていく。

 彼女がおれの唇にキスをした。

  

「やっぱり我慢しなくてもいいよね……?」


 俺はその囁きに「そうだね」と返し、ズボンのジッパーを下ろした。


 彼女が微笑んだ。

 俺も微笑んだ。

 彼女が濡れた。

 俺も濡れた。

 彼女が泣いた。

 俺も泣いた。

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