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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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心中失敗

 ん……ここは……どこだ……? なんで……なにが……白い……天井。学校の保健室……を思い起こしたということは……病院だな……。そして、ベッドの上……ということは俺は……ああ、何てことだ……そんな……俺は、俺は……ああ、声が聞こえる……。

 看護師か……。ドアが開いているようだ……。


「んじゅうですって……」


「っぱいしたんですってねぇ……」


 ああ……そうだ……俺は失敗したんだ。心中に……それも無理心中に……。

 ……生き恥。妻と二人の子供を刺し殺し、俺は首を吊った。しかし、こうして生きているということは失敗したんだ。騒ぎを聞き、近所の誰かが警察に通報したのかもしれない。そして助け出された。

 体が動かないのも記憶が曖昧なのもその後遺症だろうか。ああ、精神が衰弱しているのもあるだろう……。本当に、本当に頭がどうにかなりそうだ。自分だけ生き残ってしまったなんて……。

 そして、ああ、なんということだろう! 自分の中で、妻や子に申し訳ないという気持ちよりも、心中に失敗したという恥ずかしさが勝っている。

 情けない……。消えてしまいたい……。俺は本当にどうしようもない人間だ……。会社をクビになり、妻に話せず隠し、そのために借金をしては勘づかれたのではないかと毎日怯え、結局、俺を見る目が嘲笑めいてきたように思えて……。あああ、そうだ。子供たちまで俺をそんな目で……。それに耐えきれなくなって……。

 でも、少し落ち着いた今なら思う。全て俺の被害妄想……俺はなんてこと……。



「あなた? 起きたの? あなた大丈夫?」

「お父さん?」

「パパ―?」


 な……嘘だろう? 何で家族が?

 あ、あ、そうか……これは夢……いや、幻覚。罪悪感から俺は幻を見ているのだ……。それともまさか幽霊……。


「あなた……ごめんなさい。会社をクビになってたんですって? あなたがそこまで追い込まれていたなんて気づかなかったわ……」


 ああ……いいんだ。俺のほうこそ、いや、すべて俺が悪いんだ……。

 俺もすぐ、そっちに行くから……。体が動くようになったらこの病院の屋上から飛び降りでもして……。


「やっぱりまだ話せない? 大丈夫かしら……。本当にごめんなさいね。思いっきり投げちゃって」


 ああ……ん? 投げちゃって?


「いきなり包丁で刺そうとしてくるから驚いて、つい……」

「お母さん、良い一本背負いだったよ」

「すごかったー」


 え? 俺、投げられたのか? 体が動かないのってそれか? え、俺、大丈夫なの? 本当に? いや、でも妻は別に柔道部でもなんでもなかったよな……。


「でもその後、立ち上がってまた襲い掛かってきた時は恐ろしかったわ」


 お、そうだろ。所詮素人の投げじゃな。そう簡単に気絶なんてしないさ。ああ、すまない……それで君を殺し……


「お母さん、もう一回投げたよね」

「パパ『グヘー!』ってこえだして、おめめしろかったよ」


 俺、弱すぎないか?


「でもまた立ち上がって……」


 お、いいぞ。がんばれ俺。


「おにいちゃんをひとじちにしようとしたんだよねー!」

「うん、僕びっくりした。『ガキから殺してやるよー!』ってお父さん白目剥いたまま言ってた」


 最低か。


「でも、この子ったら鼻の下、人中に思いっきり突きなんてして」

「パパ『ひぎゃあああ』ってもだえてたー」

「そんなに強く突いたつもりなかったんだけどね。ごめんねお父さん」


 また負けたのか……。息子も確か格闘技とか習っていない素人なはずなのに。何なら俺のほうが昔、空手部だったのに……。


「でもまた立ち上がって」


 お、いいぞ俺。やれ! やっちまえ! 殺せ!


「こんどはわたしをひとじちにしようとしたんだよねー」


 下の子はまだ四歳だ! 勝てるぞ!


「いやー、見事な目つぶしだったよね」

「ええ、あなたうずくまって泣いてたわ」

「えへへー」


 嘘だろ……負けてしかいないじゃないか。

 しかし、なぜ意識が無くなったんだ?


「で、あなた、また立ち上がった……と思ったら、自分で自分の足に躓いて転んで頭打って気絶しちゃったのよね」


 おお……もう……やだ……死にたい……


「パパ、はやくげんきになってね」


 いや、なったところで家族と……もう元の生活には……


「僕ら動画配信でお父さんの月給の三倍は稼いでいるから大丈夫だよ」


 へ?


「私の柔道やこの子の空手も企画で身に着けたんだよね」


 ま、まったく知らなかった……


「元気になったらあなたにも正式に動画に出てもらいましょうかね」

「それいいね!」

「さんせーい!」


 ……ははは……生き恥に恥の上塗り。もう元の色もわからないくらいの塗りたくられた恥さらし者だが、でも、それでもこうして微笑んでくれる家族がいる。俺は幸せ者なのかもしれ――


「さっきのもいい動画になるね!」

「ええ、ドッキリ仕掛けるために回しといてよかったわ。まあ、今日に限った話じゃないんだけど」

「パパ、にんきなんだよー」


 ……え? ドッキリ? 普段から? じゃ、じゃあ嘲笑めいたあの笑顔って……


「お父さんてば全然気が付かないからでもそれがはははっ! 面白いんだよねー!」

「ほんとそう! コメント欄もうふふふ、海外からも来てるのよ」

「あははははは!」


 ……どうやら俺の痴態は全世界に公開されていたらしい。まあ、恥も塗りたくったらいい色が出たというとこだろうか……。

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