大停電
「うわ!」「きゃ!」
「……何だ? 停電か?」
「そう……みたいね」
「おーい、ウェイター! おーい!」
「……来ないみたいね。きっと動けないんだわ」
「ああ、しかしすぐに……いや、外も真っ暗か」
「あ、あなた脱いだの?」
「ああ、真っ暗で何も見えないからね」
「じゃああたしも、ふー、外で脱ぐのなんて久々な気がする」
「悪くないね。しかし寒いがな」
「ええ、冬だもの。でも着ていてもどの道同じことよ」
「ああ。店内の暖房が切れてはな。さて、ちょっとドアが開くか見て来るよ」
「ええ、でも気を付けてね。真っ暗闇ですもの」
「ああ、おっと!」
「大丈夫!?」
「ああ、転んでしまったよ、ははは。足がふらついてね」
「本当に気を付けてね……」
「ああ、大丈夫。う、よしっと、じゃあ見て来るよ」
「ええ。あ、他のお客さんも脱ぎ始めたみたいね。……ねえ、どうー?」
「駄目だ。入り口は開かなかった。ま、停電なら当然か」
「そうねえ、どこも自動ドアだし、でもレストランなら食べ物もあるでしょうし、しばらくこのままでも平気よね」
「いや、そうとも言えないかもしれない」
「え、どうして?」
「最近のは冷凍のものばかりだからね。電気が無いと解凍できないだろう?」
「あ、そうよね……コンロもガスじゃなく電気で動くタイプだろうし……」
「そもそもコンロ自体ないかもしれないな……。うう、寒い」
「ええ、本当に寒いわ、きゃ! 今の、何の音……?」
「ああ、他の客が窓を叩いているようだ。だが我々の力じゃ、あのガラスを割れるかどうか」
「なんだか怖い音……私、嫌だわ……」
「だ、大丈夫さ、と、はは、ははは、ふ、震えてきた……」
「服を着たほうが良いかしら……」
「いや、大して変わりないさ。それより、ほら、このテーブルクロス。二人でこれに包まれば……」
「あ、少しはマシね……ふふっ」
「ん、どうしたんだい?」
「あなたの心臓の音、すごく速い」
「べ、別に緊張しているわけじゃないさ! もう結婚して数年になるし……」
「でもこうして肌を合わせる機会なんてなかったじゃない?」
「まあ、それはそうだけど……」
「悪くないものね」
「ああ、そうだな……」
「あなた?」
「うん?」
「死ぬ時もこうして手を握っててもらいたいな」
「おい、縁起でもないこと言うなよ」
「ふふふ、今じゃないわよ。いつかの話。もっと先のね」
「ああ、でも死ぬなんて言葉聞きたくないな」
「ふふふ、ごめん」
「ああ」
「寒いわね……」
「ああ、寒いな……」
「眠ってもいいのかしら」
「駄目……じゃないかな?」
「そうね……ねえ、もっと近くに来て」
「もう十分近いじゃないか」
「ううん、抱きしめて。ほら、昔の映画みたいに」
「ああ、そういうことか、ほらよ」
「ふふ、ぶっきらぼうな言い方だけど、照れてるのね。ほら、顔まで熱いわ」
「う、うるさいな……」
「ふふふ、ホント、熱い……」
「ああ……」
「あ、何かしら今の音?」
「さあ、外かな? あ! 明かりが」
「町の方ね。電力が戻ったのかしら」
「いや、あれは火だ! 炎だ!」
「綺麗……」
「ああ……悪くないな」
「ええ、そうね……」
この夜、大規模な太陽フレアの発生により、地球全土で停電、電気製品に異常が発生した。
電力施設の管理及び、あらゆる分野がロボット任せであったため、復旧には実に数ヶ月を要した。
その間、人々は生活のアシスト、質の向上のために開発され、着用していたパワードスーツを脱ぎ捨て、その貧弱となり果てた体で外に出て、何百年振りかの原始的な生活に戻ったのだ。
火を使い体を温め、布を身に纏い、日常生活を送り、また仲間を集め、復旧作業に勤しんだのである。
復旧後はまたパワードスーツを着る生活に戻ったが、数百年振りの人工子宮を用いない出産による赤子の誕生のニュースに皆、心沸き立った。
そしてそれはその後も時折、耳にする話となったのだ。




