彼女に魅入られて
ある町に息を呑むほど美しい女がやってきた。顔に体、髪、声。完璧な美しさとは、そのどれが欠けてもズレても成立しないのだと見た者は知った。
噂を聞きつけ一目見たいと、その女のもとには入れ替わり立ち代わり人が訪れ、その誰もが彼女と会って話せば笑顔に、時に涙さえした。彼女は心までも美しかったのだ。
さらに話が広まると、そんなに美しいなら犯してやろうと息巻く荒くれ者や、その美しい顔を穢してやろうと嫉妬に塗れた女が現れたが、そんな者たちでさえも彼女を前にすると、すとんと膝を折り、まだ犯してもいない罪を自ら告白し、涙ながらに許しを請うた。
老若男女問わず、誰も彼も彼女に愛を告げた。何度も何度も。彼女は誰に対しても微笑みを見せた。優しく包むように。やがて彼女に会うために人々が列を成すようになった。
彼らは贈り物として花や服、宝石などあれこれ持ってきたが、彼女が真に喜んではいないことに誰もが気づいていた。
彼女の喜びは人々が健やかな心であること。話し、悩みを取り去り、笑顔で帰っていく人々のその背中が好きだったのだ。
だから人々は悩みと、そして罪を持って女のもとを訪れた。
女が「許します」と言えば心の不安もどんな汚れも綺麗に取り払われる。ならば汚したほうが得だ。女のためにも。
その町の治安は悪化した。けれどもその教会だけはいつまでも美しく在り続けた。
沼に浮かぶ花のように。




