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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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くじ引き

 休日に賑わう、とあるショッピングモール。買い物を終え、出口に向かって歩いていた男は、モール内の広場。いくつかの風船とその下の立て看板。『くじ引き。一回無料』その文字に目を奪われ足を止めた。

 一度だけでも、まあ気分は味わえるか、と彼はその仮設場に近づいた。会議で使うような長テーブルに白い簡素な箱。白い帽子に赤いジャケットを着た、係の女が迎える。

 しかし、まああれだな。これに限らず宝くじやコンビニの一番くじなどの係というのも御馳走を前にして食えない気分と言うか、幸福を見送ることしかできないなんて、どこか悔しい気分だろうに。まあどうせ、おれは当たりゃしないだろうが。ああ、ティッシュがいいな。変なストラップだの団扇だのはいらない。

 と、彼は期待はしていないと心の中で言いつつも、どこか浮ついた手つきで箱の中のくじを掴む。


「おめでとうございまーす! 一等です!」


 嘘だろ……と彼は思わず魚のように目を丸く、唇を尖らせた。

 カランカランと耳に響くベルの音。夢じゃない。興奮のあまり変な声が出て、さらに咳き込んだ。


「え、え、え? 嘘、え、それ?」


 指をさす彼。「どうぞー」と張り付いたような笑みの女が手のひらを向けたのは、女の後ろにある自動車。てっきりよくある移動展示会の車で、このくじ引きとは無関係と思い、ただの背景としか見ていなかったが、まさかの一等がこれとは……と、両腕の拳を握り高く上げようとした彼は、その半ばで動きを止めた。


「あの、え?」


「どうぞー」


「あの、運転席に誰か乗ってるんですけど、あ、僕ごと送り届けてくれる感じですか?」


「どうぞー」


 と、促す女と車の中から手招きをする運転手の男。彼は自分で運転するからと断ろうとしたが、興奮でまだ手足が震えていることもあり、大人しく後部座席に腰を下ろした。

 驚いたことに、車はそのままショッピングモール内を走り、出入り口の自動ドアから外に出た。尤も、それ以外に外に出す方法はないだろう。これなら運転手がいたのも納得だ。下手な運転で怪我人を出したら事だ。ほんの少しの距離だったが、スピードを出していないこともあり、人目を引きどこか恥ずかしく思い、けれども、その非現実感と一頭を引き当てた実感に心はさらに高揚。彼はシートに身を委ね深呼吸し、心を落ち着けようとした。しかし……。

 

「あ、あの、運転手さん? あの、ねえ、何でさっきから無視するんですか、あのー」

 

 ショッピングモールを離れても止まる気配がなく、住所を告げても全くの無視。車は知らぬ方向へ。先程の興奮はどこへやら。手足の震えは不安からくるものに。

 いったい、どこへ連れて行かれるのか。誘拐? 馬鹿な。あり得ない。連れ込まれたわけでもないし。じゃあ、なんで……まだ何か、サプライズ。本当の賞品は他に、まさか家一軒とか! いやいやさすがにそれは……でも……と彼が考えていると車が停車した。

 降りるよう促す運転手。到着した場所は小さな飛行場らしかった。

 まさか飛行機を貰えるとか……いやいやいや、とスケールの大きさに顔をひくつかせる彼。落ち着かない様子で辺りを見回すとまたも目を見開いた。

 まただ。またあの長机と白い箱。そして、むろん先程とは別人だが張り付いたような笑みの女。くじだ。どうやらまた引けということらしい。そして女の後ろにあるのは小型飛行機。


「どうぞー」


 ダブルアップ的なものだろうか? しかし大がかりな。次はきっとハズレだろうが、帰りは送ってもらえるのだろうか。ぞんざいに扱われたりして。ハズレくじのように。いやいやそんなこと……と、彼がまたも誰にとでも言うわけではないがうちに渦巻く物欲を察せられないよう、あれこれ考えながらくじを引いた。すると


「おめでとうございまーす! 一等でーす!」


 賞品はあの小型飛行機……と、一瞬思った自分を彼は嘲笑った。

 戸惑いの中、半ば強引に乗せられ空の上。窓から見下ろした景色は良いが、これが優雅な飛行機の旅などとは思えない。

 降ろせと懇願しようが脅そうが無視。おまけにこちらの命を握っているのは向こうだ。しつこくしたのが気に障ったのか飛行機を傾けられた。こうなっては大人しくするしかない。


「え、あの……嘘ですよ……ね? ドッキリ? ははは……」


 呆然とする彼。握り締めた両手の拳は覚悟の表れかそれとも拒絶のサインか。

 着いた先は小島。そして目の前にはまたくじ引き。それにあれは……ここまで来れば誰だろうと先の展開は読める。

 まさか本気で一等が出ないことを祈るとは……と、彼は手を開き、すり合わせて祈る。


「どうぞー」


 と、女に催促され、箱の中に手を入れた。結果は


 五……等ではなかった。


 四等……でもない。


 三等……とは違う。


 二等……だったらどんなに良かったか。


 一。


 零。


 彼を乗せたロケットはあっという間に空の遥か彼方に。

 

 まさかの一等。そしてまさか続き。そう続いた。

 彼が降り立った場所とは月。そこにある基地。月に基地があることなど全く知らなかったが、そんなことどうでも良かった。

 そう、またしてもくじ引き。女がくじの箱をずいと彼の前に差し出し、微笑む。


「どうぞー」


 その機会音声のような声に次、一等が出たらどうなるのか訊いても無駄だろう。

 それでも訊いた。出てからのお楽しみです。うるせえ、くたばりやがれ。

 彼は悪態の後、祈り、そしてまた祈り、くじの箱に手を入れた……。






「おめでとうございますー! 一等でーす!」


「やめろ! やめろ放せ! な、何だあれ……え、まさかUFO……う、うわあああああ! 来るな! やめろ! あああああああ!」



 ……なるほど。一等が出ればああなるのか。人体実験か食料か何かは知らないがこの一連の流れが宇宙人との契約なのかそれとも連れていかれた先で今の奴はまたくじを引かされるのか。

 まあ、よくはわからないが――


「何なんだよこのポッド!」

「家に、家に帰してくれ! あ、ああああああ!」


 三等は地球に、四等は太陽に向けて小型ポッドに乗せて基地から射出。ポッドの安全性は期待できない。どちらも助かりはしないだろう。

 彼は慣れた手つきで機械を操作する。二等を引いた彼は月の基地に従属。ここに来た者にくじを引かせ、淡々と手続きをするのが仕事。

 そう、くじは今、彼の手元にある。いつでも引ける状態。また引くこともできる。それも二等の権利に含まれるらしい。だが手が伸びず、箱を見下ろし物思いに更ける。

 ああ、だんだんわかってきたかもしれない。くじを引かせる者の気持ちが。どこかホッとするんだ。喜びも落胆もなく、天国も地獄も味わわず得も損もしない。ただ眺めるだけの傍観者。やがて無心に……でも今はまだ


「あ、あ、あ、あ」

「頼む、頼む出てくれ……」

「出るな……」

「家に家に家に家に帰りたい」

「いひ、あは、あひはははは」


 楽しい気分だ。


 彼はくじの箱を揺らした。中にはまだまだある。

 くじを引きに来る者もまだまだまだたくさん……。

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