その声
とあるアパートの部屋。横になり、ダラダラと過ごしていた一人の青年。何か起きないかなと、大きな欠伸を一つ。そのときだった。
『――えるか』
「ん?」
『聞こえるか?』
「え、え? 誰、ど、どこから、いや、頭の中? やば、は?」
『そうだ。今、お前の頭の中に話しかけている。私は異なる時代の者とだけ言っておこう。そちらがどんな暮らしをしているか知りたいのだ。しかし、そう長くは話せない。簡潔に答えるように』
「は、はい!」
青年が礼儀正しく返事をした理由。タイムマシン。恐らくこの声は遥か未来からのもの。そう鮮明ではないものの声質と口調からして大人、それもきっと金持ちが知的好奇心を満たすために行っているのだろう。
はっきりと正体を言わないのは未来の決まりなのか。しかし素直に答え、相手の機嫌が良くなれば、ぽろっと何か未来の情報を漏らすかもしれない。
たとえそれが宝くじだの競馬の結果でなくとも未来で覇権を握っている企業の名前。さらにそれがこちらではまだ誕生していない
あるいは誰の目に留まっていない弱小企業なら、その株をたんまり買って寝かせておくことができる。あるいは大事故に大災害。未然に防いだり、避難を促すなどできれば、たちまちヒーロー扱いに。損はない。ゆえに青年はへりくだることを瞬時に選択したのだ。
『では聞くぞ。まず寿命はどうだ? どれくらいだ?』
――寿命? ああ、遥か未来ではきっと不老不死なのだろう。それゆえ退屈し、また生き甲斐も見いだせず、こちらのことをどこか羨ましくも思っているのかもしれない。
「へへえ、それはもう全然大したことはございませんです! みんなそれはもう、すぐ老いて死んじゃって悔いばかりです!」
『そうか……食べ物はどうだ? 食えているか』
――食べ物? ああ、未来ではきっと完全栄養食なるものができて、それさえ食べてればいいんだ。それに、ウナギなどいくつかの種の絶滅があっただろう。こちらほど食の楽しみがないんだ。でも、自慢すると機嫌を損ねるかもしれない。
「ええ、まあ……種類は豊富ですけど、でも質素なものですよ! マズいマズい!」
『ふむ、じゃあ女はどうだ? 裸は見れているか?』
――女? 裸? どういう……はっ、まさか未来では性交が禁止され、すべて人工授精に。女性の権利向上。女尊男卑。争いや犯罪のもとになるからと性欲も取り払われ……。当然、AVや雑誌のグラビアも禁止に……。
「ま、まあいつでも好きなときに見れますけど……でもそれが何だって話ですよ! 金もかかりますしね! 性欲なんてなくていいくらいですよ!」
『ほう、いつでもか……中々やるな』
「ははぁ! ありがとうございます! それでなんですけど、そちらはどのような……」
『む、もう時間か。すまぬな。だがよくわかったぞ』
「え、あの、もしもーし! ちょっと! もしもーし!」
青年がいくら呼び掛けても声はそれきり反応しなかった。
青年は大きなため息を吐くと、またゴロンと横になり、ふふんと笑い思った。
結局何も情報は得られなかったけど未来人のあの感じ。あまり幸せとは思えないな。未来と言っても大したことないのかもしれない。こうしてゴロゴロしながらネットで女の裸を見たり出前を注文したりとか、現代の方が幸せなのかもしれないなぁ。
一方。とある国の王が魔法陣から手をどけた。
「ふむ、魔法使いよ。確かにこの魔法陣に触れたら話ができたようだが、あれは本当に未来の者だったのか?」
「ええ、間違いありませぬ。偉大なる国王様の崇高なる血。それを混ぜて書いた魔法陣は貴方様の遠い子孫と少しだけですが話せるようになっておりました」
「なるほどな。しかしなんだな。いい暇つぶしになると思ったが、話を聞いた限り、向こうは退屈そのもの。あれこれ空想膨らませる余地もなさそうだ。女だけは余と同じく侍らせているようだが、未来と言っても大したことはなさそうだな」




