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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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立てこもり

『た、大変なことが起きました! た、立てこもりです! ご覧ください! 今、私の目の前にあるホテル! ここで病院から逃走した凶悪犯が立てこもりをしているのです!』


 おれはテレビを見下ろし、ほくそ笑んだ。自分が手にしているマイクを追いかけるように顔を動かし、必死になって喋るアナウンサー。その慌てようも滑稽だが、その後ろにバタバタと盾を持った警官が右へ左へと駆けまわっている。


 自分が起こしたことなのに他人事のようだ。まあ、それも仕方ない。いやしかし、我ながら上手くいったものだ。強盗殺人。逃走の末、捕まりはしたものの腹が痛いと泣き喚き、病院に搬送。治療中に手錠の鍵を外し、窓から逃走。そしてチェーン展開している小さなホテルに飛び込んだ。

 支配人を脅し、入り口にバリケードを作らせ客には部屋の外に出たら殺すと脅しておいた。

 あとはまさに高みの見物。まあいつまでもここには居られないがもう少し楽しませてもらおう。


『隙を見て逃げ出したホテルの支配人の話では犯人はショットガンを持っているとのことです! そして中に踏み込んだら客を全員殺すと言っているそうです!』


 ほう。あの支配人、いつの間に逃げ出していたのか。確かに小心者の顔つきだったが、客と従業員を残して逃げるとは情けない奴だ。

 しかしショットガン? ……ああ、あれだな。逃走中に民家の庭に干してあった洗濯物をいくつかかっぱらったんだ。それから落ちていたビニール傘を拾いTシャツやタオルを何枚か被せ、ショットガンを下に隠しているように見せたんだった。はははっ、あれは効果てきめんだったな。支配人のやつ、頬をぶるぶる震わせて、ついついニヤついてしまった。まあ、それもまた効果があったのかもな。


『さらに犯人は火炎瓶、及びガソリンを所持! 要求をのまなければすぐに客も従業員も火炙りにしてやると笑っているそうです!』


 火炎瓶……? ああ、拾った酒瓶を見せ、そうも言ったっけな。支配人の奴、「ひえっ」なんて鳥のような声を出してたな。


『さらに、爆弾を仕掛けたと言っているそうです!人質はたくさんいる! 早く誰か殺したくてウズウズしているから、おれを怒らせるな、要求には絶対服従だと犯人は言っているそうです!』


 爆弾? ああ……ん? 爆弾? いや、それは知らないな。早く殺したくてウズウズしていると言った覚えもない。

 ……ああ、そうか。『言っているそうです』つまりこれは全部あの支配人がマスコミに話したことだな。

 あいつめ、恐らく一人で逃げ出したことを批判されないように、おれをとんでもない凶悪犯だと言いふらしているんだな。そりゃ、客を置いて逃げるのも仕方がないよ、と思われたいがために。逃げ足が速い奴は保身も速いという訳か。


『あ、今、一人の女性! び、美女がホテルの前で犯人に何かを訴えています!』


 ん? なんだなんだ? 妹がホテルの中に? どうか返してください! 私のことはどうなってもいい? モデルか何かだろうか、確かにかなりの美女だ。


『あ! 今、警官を振り切り美女が窓を割り、中に入っていきました! しかし警官は後を追えません! どうなってしまうのでしょうか!』


 ちっ、窓を割るとは面倒なことをしやがって。ちょっと演技臭かったし、売名目的か? いや、自分に酔っているのか。


『なんということでしょう! 無事、妹さんに会えると良いのですが、恐らく犯人とその仲間に捕まってしまったのではないでしょうか! 犯人の仲間も主犯の男に劣らず凶悪で何人も人を殺しているそうです!』


 は? 仲間? そんなのいないが……ああ、またあの支配人か。マスコミもどこまで鵜呑みにしているかわからないが、こいつらは嘘か事実かは関係なく、大げさに囃し立て、不安を煽りやがるんだ。後に批判されても緊急時で情報が錯綜するのも仕方がないと言い訳。さらに、元はと言えば犯人が悪いって押し付けてな。まったく、やりたい放題だな。


『え、なに? え! たたた大変です! 今入った情報によりますと、ホテルの宿泊客の中にお忍びで旅行に来ていたルリアーノ国の第三王子がいるそうです! すでにルリアーノ国はその事を把握しているようで犯人の要求を何でものむと宣言しています!』


 え、王子? 知らんがこの様子、デマではなさそうだ。なんて運の悪い奴だ。しかし、大事になったな。まあ、それはそれで都合がいい。


『えー、スタジオです。たった今、総理が会見を開くそうなのでそちらとお繋ぎします』


 総理? おいおいおいマジか。


『えー、我が国といたしましても、大変、遺憾であり、相手国に対し、王子救出に全力を尽くすと、申し上げました。よって私は、犯人の要求通り、内閣総理大臣を辞職いたします!』


 は? 要求? は?


『と、言う訳でですね。犯人のSNSに書かれた要求通り、総理は辞職したわけですが、いやはや早い決断でしたね』

『ええ、しかし総理は先週不祥事が発覚したばかり。ここぞとばかりに辞めたようにも思えますがねー』

『ちょっと、それは総理に対し失礼でしょう!』


『はん、私見を述べたまでですよ』

『まあ、まあ落ち着いて』


 スタジオの偉そうな顔したコメンテーター連中が言い争いを始めたが、そんなことはどうでもいい。SNS? そんなものおれはやってないぞ。マスコミの勘違い。誰かの悪戯。よく情報元を確認しないからそうなるんだ。

 しかし総理大臣もあっさりと、まああのコメンテーターが言うように不祥事云々が理由か。辞めどころを探していたところ、カッコつけるチャンスが来たという訳か。


『速報です! 犯人の要求通り、指名された難病患者や児童養護施設等、各慈善団体に五億円ずつ振り込みが完了したそうです!』


 ご、五億円!? おいおいおいおい。どうやら偽物はやりたい放題しているようだ。自分の懐が痛まないからと金を配りまくっているな。


『あ、今! 犯人が要求した十億円を積んだ逃走用のヘリがホテルの屋上に到着した模様です!

げ、現場は、人が、ご、御覧のとおり、ひ、人が押しかけ大変です! 犯人が逃走しながら、あのお金を空からばら撒くと宣言しているためです! さ、さらに仲間に入れてくれと人々がホテルの中に入ろうとし、警官隊と衝突しています! あ、マイクを、こら! 放しなさい!』


『おれはアンタに一生ついていくぜ!』

『私もよ! 抱いて!』

『うおおおおおう! 革命だぁー!』

『アンタ最高だぜフォオオオオウ!』


『えー、スタジオです。速報が入りました。ルリアーノ国が今、ミサイル発射及び軍事行動の準備を始めたとのことです。しかし、これは王子を人質に取られた報復で我が国に向けたものではなく、狙いは隣国であり、犯人の要求を受けてのことと表明しています。政府は説得を試みていますが、かなり厳しい状況のようです。また、かねてからその国とは衝突があり、王子奪還を理由に――』



 ……とんでもないことになってしまった。事態を収拾するためには名乗り出るしかない。

 とは言え、すでに現場は大混乱。おれは犯人の仲間だ。何なら、おれが犯人だと目立ちたがり屋がテレビカメラの前で騒いでいる。

 そんな中、おれが後ろから肩を叩いても顔が似た男とでも思われ、信じて貰えないだろう。実際に何人か顔や髪型が似た奴がカメラの前でアピールしてやがる。正面から堂々と出て行かなければならない。


 しかし、この家電量販店からどうやってホテルの中に戻ろうか……。まさか包囲される前に、こっそり裏口から逃げ出していたなんて言っても信じて貰えないだろうな……。

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