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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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俺の株

「お! いやー、ショウくん! お疲れ様です!」


「あ、どーもでーす、しゃちょー」


「今日もいい歩き方でね! うん! いやー、すごいねぇ! ショウくんもうね大活躍! 株価上がりっぱなしだよぉまさに上ショウ中! なんてね!」


「ふーん、まぁ当然っすね」


 とある小さな芸能事務所。そこへやって来た彼はソファーに腰を下ろし、そしてテーブルに足を乗せた。

 あからさまに調子に乗っている。と、彼は今勢いのある五人組アイドルグループの一番人気メンバーにしてセンター。ゆえにこの態度も少し年のいった社長が揉み手をしながら寄ってくるのも当然と言わんばかりに鼻を膨らませる。尤も、彼自身そう演じている節があった。


「いやもうホントに君は――で、しかも――この前も――そうそうあの人もね、君を褒めて――業界も――今注目の――」


 と、社長の止まらないおべっか。今、独立されては困る。こうして媚を売っていれば繋ぎとめられると思ってるのだろう。浅はかな考えだが社長がそれで安心できるのならとさせたいようにやっているのだ、と彼は話を聞き流しながら瞼を掻いて欠伸をする。

 尤も自分より年上の男が文字通り腰を低くするのも気分がいいのは事実であったが。

 

「……ん?」


 と、急に社長のお喋りが止んだので彼が眉を上げ、横を向いた。なんてことはない。電話が来たようだ。

  

「あ、はい! え! そーですか! それはありがとうございます! ドラマ! 主演! ははー! ええ、勿論です! え、相手役はあの西本さん!? はい、ありがとうございます!」


 ドラマ! 主演! だとさ! と、さすがに興奮を隠しきれず、彼は口を手で覆い顎から下へと撫でつける。露わになったそのニヤつき。もはや隠す気もなし。ドラマの初主演。しかも共演者の名が、上がり調子の若手女優とくれば深夜ドラマなどではないことは明らか。

 来るとこまで来たといったところ、いや、まだまだ行くなこれは。上手くこなせばまた俺の株が上がる、とほくそ笑む彼だったが……


「ん、あれ、社長? 電話終わったのならさぁ、ほら、まあ聞こえてたけど俺に聞かせる話があく――」


「あ、社長。おはようございます!」


「ミコトくん! ちょうどいいところに来てくれたね! さすがだよぉ! そういうタイミングがいいところがもうスターだよねぇうんうんうん! いやー! 決まったよ君! ドラマの主演! 君、頑張ってたものねぇ。いやー、私は知ってたよ。ほら――が――で――それに――注目してて――」


 遠のいていく社長の声。それも当然。今、彼の脳内では何かの間違いだという疑いの声と凄まじい罵声が大反響していたのだから。

 ……は? え、は? ミコトが? は? え、は? なん、え? おいおいおいおいそんなわけが、ドッキリだ!


「――で、いやー、名実ともに君がうちのエースだねぇ! ああそれから」

 

 カーメーラはどーこーかーな? ははは、社長。媚同様、下手糞な演技で、ははははははははは。


「――そうなんだよねぇうん。いやぁ次のセンターはミコトくんだね!」

 

 あ! もしかしてドラマの話自体ドッキリ? いや、それは残念だな。でもまあうん、ミコトが主演よりはマシかな。いやでもまあ実はドッキリと見せかけてのホントで、俺がドラマの主演で何なら脇役でもいいけど、ははははははははは。


「あ、ショウくん。そこ空けてくれないかな? ミコトくんとまだまだ話があるからさ」


 はははははははははははははは……はぁぁぁ!?




「ってなわけでさ。参ったよまったく」


「ふーん」


 ところ変わってとある個室居酒屋。彼は仲の良い女を呼び出し、いきさつを話していた。


「んでさ、エリカにも協力してもらいたいんだよね」


「ん、何を?」


「何をって、だからさぁ、口コミだよ口コミ。ミコトの評判を落としてほしいの! もうネットには大分書き込んだんだけどさ。ほら、あんなの効果がイマイチじゃん? がっつり、あいつの株を下げてーんだよ、俺はさぁーあー! なあ、頼むよぉ。お喋りな読者モデルとか知り合いにたくさんいるだろ?」


「んー、でもなんて噂を広めるの?」


「そりゃ、アイドルだからな。恋愛系、あー、そうだ! 地下アイドルとヤリまくってるとかさ! ほら、これとか! この女の裸の画像とか流していいしさ!」


「……なんで地下アイドルの女の裸の画像があるの?」


「え、いや馬鹿っ! こんなのネットから適当に拾ったもんだよ! どーでもいいの! 本当かどうかなんてさ! そしたらドラマの話は俺のほうにへへへへへ。そうそう決まったって話はまだ世間に出てないしさ! 早くしないとそのチャンスもなくなっちゃって話! な、頼むよ」


「オッケーよくわかった」


「サンキュ! 愛してるよ!」



 持つべきものは頭と口と股の軽い女。しみじみそう思う彼。それから数日が経ち、雑誌の取材などをこなした後、彼は朗報を期待して事務所に向かった。


「どうも社長! あれ? 浮かない顔して何かあったんすか!?」


「……」


「いやー、ドラマのオファーなら早めにお願いしますよ? 役作りがあるんでね」


「……何かあったんすかじゃないよ! なんなんだ六股って! 週刊誌なんかにすっぱ抜かれやがって!」


「え、あ、え?」


「おかげで株価が暴落だよ! 大暴落! アイドルの自覚あるのか!? ないよな! この馬鹿!」


「え、で、でも社長、それは、あ、ミコト!」


「うおい! 『ミコトさん』だろ! お前を救ってくれようとしてるんだぞ!」


「す、救う……?」


「ははは、いいんですよ社長。それに僕が持っている株はもう渡しましたし、貴方が彼の大株主です」


「は? は? はぁぁぁ? 大株主? 馬鹿が! 株式タレント制度のルール! 株はそのほとんどがタレント自身の物! 最初に事務所に渡す株は三分の一程度って決まってるだろ!」


 タレントは商品。昔からそう言われ、もはや口に出すことも恥ずかしい当然のこと。尤も、それがわからず、あるいはわかっていてもなお自分の商品価値というものを落とす者は多々あった。色恋沙汰、不倫、薬物、SNS炎上と大小様々。CM打ち切り、違約金。時に大損する芸能事務所。彼らタレントたちに自分は商品であると自覚を持たせようというだけではない。タレントは事務所の奴隷じゃない。自由を、権利を、とそういった運動もあり、そしてそれらが歪に混ざり合い、ある時できた制度。株式タレントである。

 一人一人が自らの株を所有し、己の商品価値を高めていくのだ。


「俺は言いなりになる気はない。この事務所を出て行く。独立して売れてやるからな!」


「だから無理なんですよショウさん……。貴方の株はほら、口説きたい女の子や媚売りたい相手に渡して、今、自分じゃほとんど持ってないんじゃないですか?」


「な! だ、だからこれからそれを戻すんだよ! 電話すりゃすぐに……あ」


「そう、六股報道の後じゃ、貴方に騙されたと気づいてもう素直に言うことを聞いてくれないでしょうね。まあ、正確にはもっと前から気づいていたんですけどね」


「な、そ、そうかお前だな! お前が女どもに近づいて、この野――」


「うおらぁ! うちの有望株様に触るなボケがぁ! そのまま床に寝とけや埃のクズが!」


「う、く……ま、待てよ、さっき株を渡したって」


「そう、僕が女の子たちから買い取ったんですよ。暴落した後じゃ値が違いますからすんなりとね。おまけに僕の株も少し売ってあげましたよ、ええ喜んでましたね。なんせこれからドラマの主演なんでね」


「そ、それは発表がまだのはずだ! イ、インサイダー取引だ! 違法だぞ!」


「あっはぁ! 僕の株を操作しようとした貴方がよく言いますね」


「クソッ! エリカもか! グルだったんだな!」


「で、貴方の株はそのほとんどが事務所の物。大株主の意向には逆らえませんよ? と、いうわけで社長。この書類に纏めたのが、この前話したショウさんの再生計画です」


「再生……計画……?」


「そうです。事務所に株がある以上、貴方には売れて貰わないと。今度は男好きタレントとしてなりふり構わずね……」


 床で蹲る彼に社長は歩み寄り、そして文字通り低くなった彼の腰に手を当てそれから下へ下へと……。

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