私は優秀
……なるほど。わけがわからない状況だが、いくつかわかったことがある。今は夜。屋外。そして問題、頭の中がぼやけている。
ああ、恐らく気絶したのだろう。そしてそう、私は優秀だ。なぜならこの状況でも私は冷静に分析できているからだ。
「おい、大丈夫かよ!? 派手に頭打ったなぁ!」
「空き缶踏んですっ転ぶやつ初めて見たよ。すげえなぁ。ん、なあ? 本当に大丈夫か」
ふむ、やはり私は優秀なようだ。その根拠。まず、私は宇宙人だ。
目の前にいるこの二体の生き物。何か喋っているが言葉がまったくわからない。だがそれで思い出した。私は惑星ギギグラから来たエリート諜報員なのだ。
そして、僅かだが頭が痛い。恐らく敵対する惑星の者の仕業。遅効性の毒か何かを盛られたのだろう。あるいはすれ違いざまに直接的な攻撃を受けたか。
それゆえの記憶喪失。だが故郷の星を思い出せることから考えるにここ最近、いや、この星に来てからの記憶を喪失したらしい。これは果たして一時的なものなのか否か、知る必要がありそうだ。
「ほら、立てよ、行くぞ!」
「おいおい、本当に大丈夫? 今日はやめておいたほうが」
「馬鹿! 合コンだぞ! それも女子大生と! 来るよな? な?」
私を立たせてくれたこと、そしてやたら体に触れてくることから恐らくこの二体はこの地で出会い、友好関係を築いた者たちなのだろう。ふむ、服も同じものを着ているようだ。恐らく同じ職場。正体を隠し、うまく溶け込んだということか。
ああ、そうだ。着ていると言えばこの擬態スーツ。潜入のため、この星の住人に似せたスーツを着ているわけだが言葉がわからないというのは妙だ。確か翻訳機能の他にも様々な機能が備わっているはず。衝撃で一旦リセットされてしまったのだろうか、再起動はどう――
「な! 頼むよ! 来るよな!? な!」
先程から五月蠅いこの生き物は私に何かを訊ねているようだ。だが一体何を? と、マズいな。連中の表情が曇っている。私の正体を疑っている? いや、私が黙っているから単純に不審、不気味に思っているのだ。一先ずここは、そうだ、笑顔だ。
「お、おお! よし! 大丈夫だってよ! 行こう!」
「無理すんなよ? 具合悪かったら言いなよ」
「大丈夫! 大丈夫! 俺がフォローするって!」
よし、上手く行ったらしい。後は記憶を思い出し……と、腕を引っ張りどこかへ連れて行きたいらしい。マズいな早急に直さねば……。
「カンパーイ!」
「いやー、ホント可愛い子ばっかりで、はははっておい! お前もほらグラスを合わせろよ! へへへすみませんね、後輩なんですけどこいつ緊張しているみたいで」
……ガヤガヤと騒がしいところだ。察するにここは食事をする場所らしい。今のは開始の儀式のようだ。何とも野蛮である。
そして目の前に並んで座るこの三体は恐らくこの二体、及び私とは違う性別なのだろう。それぞれ毛の色や長さ、異なる特徴が見受けられる。
そしてその三体に先程から忙しなく話しかけるこの二体は恐らく交配がしたいのである。どのように行うのか大変興味深いが今はこの場を切り抜けることが大事だ。まあ、うまくやれているだろう。
「あの、そちらの方、ずっと黙っていますけど……。自己紹介も自分からは全然してくれませんでしたし……どこか具合でも」
「ああ! こいつシャイなんだよー! ほら、何か喋ろよ」
なんだ? しきりに肩を叩き……。
「ほら、言えって! ほら!」
ああ、何か言わせたいのか。しかし、言語補正機能も使えないと思い黙っていたのだが、まあ、いつまでもこのままではいられない。やってみるより他ないか。
「ウズラペキキキキプロムキシウム」
駄目だった。マズいな。
「満を持してそれ!?」
「ふふふっ! 面白!」
「ねー! 予想外!」
と、そうでもなかったようだ。三体とも笑顔だ。そう、笑顔は良いことだ。
「だ、だよねー! コイツ、面白いんだよー! まあ俺ほどじゃないけどねー! ギャグとかやっちゃおうかなー!」
なぜか隣に座る個体が一瞬、私に敵意を持ったようだが、まあそれはいい。問題はやはり言語機能がおかしいということ。再起動するには、そうだ、スイッチだ。確か……ああ、指を引っ張りながら捻ると作動するはずだったな。いいぞ、思い出してきた……いや、待てよ。中には確か敵と相対したときのための、そう、殺戮モードがあったはずだ。ここでそれを起動したらえらいことになる。
「ポォー! わははははは!」
しかし、なんとも野蛮な種族だ。ギャハギャハと声を出し笑い、液を飛ばし一つの穴に食事、会話、呼吸といった多数の役割がある。排泄もそこから行うのだろうか。我々との違いに嫌悪感ばかり覚えてしまう。
「ほら、お前も飲め飲め! 先輩の命令だぞ!」
隣の個体がやたら液体を飲むことを強要してくる。断るのも変に思われるだろうが、しかし飲んで平気……ああ、大丈夫だ。思い出した。
そう、このスーツに取り込んだ液体、及び食物はタンクの中に貯蔵されるのだ。そして排泄は下の穴から行う。液体の方は棒状の部分からだ。
いいぞ、どんどん紐解けてきた。この調子ならそう時間がかからずにすべてを思い出せそうだ。損傷は軽度だったのだろう。うんうん、やはり私は優秀だ。
「わ、すごーい! 一気に飲んじゃった!」
「カッコイイ!」
「ま、まあ俺も飲めちゃうけどねー! それに食えもするし!」
隣の個体が穴に食物を詰めながら私の前に食物を乗せた器を差し出してきた。どうやら私にも摂取しろと言っているようだ。いいぞ、何かと世話を焼いてくれるな。この個体の真似をすることにしよう。
「すごーい! どんどん食べちゃう!」
「えー!? フードファイターなの!?」
「ま、まぁ食え、食えたからとウップ、いってそれが何かって話だけどねー、やっぱり男は面白くなきゃね! 俺、昔お笑い芸人目指してたことあったしさぁ! ほい、じゃあまたギャグやりまーす!」
再び隣の個体に注目が集まったようだ。今のうちに各指にある機能を思い出そう。ええと、殺戮モードに……ああ、そうだ緊急モード。襲われた際に周囲に助けを求めるのがあったな。そうとも、周囲の目がある中で殺せば問題になる。殺戮モードは最後の手段。あと、それから――
「――チチロンペーノォ! はい、ありがとございましたー! あははは! ……うぉい、お前、全然笑ってなかったなぁ? じゃあ次はお前の番だぞぅ。さあ、見せてくれよぉ。お前の持ちネタ、ちょー面白くてスゲーやつをよぉぉぉ……」
なんだ? 今いいところなんだが。もう少しで何か思い出せそうな……。
「みたーい!」
「絶対面白いよねー!」
「だとよぉ! ほい! ほら立ってやれよぉ! この店中に見えるようによぉ! はいはいはいはぁぁぁぁい! みなさんごちゅもぉぉぉーく!」
やたら隣の個体が絡んでくる。私に何かをさせたいようだ。儀式か? 慣例か? もう一体は……どうやら狙いをつけた相手と会話するのに夢中なようだ。しかし、飲んだし食べた。他に何をしろというのだろうか?
「ほら、立てっての!」
あ、やめろ。手を引っ張るな。機能が――
「ああああ! 助けてくださああああああああい! 誰かあああああああ! 助けてくださああああい!」
「お、おい落ち着けって! 座れ座れ!」
だから指を引っ張るな、あ。
――ポタ。ポタポタポタポタボリュルルルリュリュボトボトボト
「え、漏らし、え、い、いやああああああ!」
「ちょ、ちょっと! なに考えてるの!?」
えらい騒ぎだ。しかし何故だ? 確かに予定外だが、うってつけの場じゃないか。我が種族は排泄の際、寄り集まってその熟成された味を楽しむというのに……。
ああ、ここが水中ではないからか。それに衣服にも染みてしまったし、固形物の方は衣服の隙間から床に落ちてしまった。すまないことをした。これでは味を楽しみづらい。せめて器に盛ってやろうか。
「い、いやああああああ!」
「う、お、おえええええ!」
おお、やはりその穴からも排泄が行えるのか。多機能だな。しかし、妙だな。私を見る目が……ああ、そうか。確かに急だった。
そして多機能で思い出した。この棒状のモノは液体の排泄の他に性交にも用いるのだ。急に排泄したことで生殖機能に何か問題があると思われたのだろう。
これはこのような原始的な生物にとって大事なことだ。おまけにここは交配相手を決める場。気にするのも当然だ。
「い、いやあああああ!」
「なんで脱いだの!?」
「お、お、おまえ、いい加減に……おお、ま、まあ俺も大きさは負けてないけどな」
「どうでもいいわよ! いやああああ!」
我が種族は交配相手を決める前に体内からお互いの交尾器を出し、見せ合うのだ。それで不十分か十分か、病気や問題はないか見定めるのだが……。どうも様子がおかしい。何か間違ったのだろうか? こういう時は……。
「ってのが、おれがこいつをスカウトした理由っす! やべーでしょ!? でも、いますぅ!? 居酒屋で大声出してクソとションベン漏らした後、チンコ出した上にこいつ、ふふふふ、笑ったんすよ!
しかも赤ちゃん抱くときのような! 菩薩のような笑顔で! 最高っしょ!? コンビ結成したときは色々言われましたけど、おれの見る目は間違いじゃなかったっすね! こうして漫才グランプリ本選出場決定したんすから! おれら、このまま優勝しますよ。な!」
「あー! あー! ああああああ! 助けてあー! あー!」
「今それやるとこちゃうやろ! ね! 面白いしょっこいつ!」
記憶はまだすべて戻ったわけじゃないが諜報任務は順調のようだ。やはり私は選ばれしエリートだった。真面目で優秀なのである。




