僕の可愛い心臓
ボクはしんぞうが悪いんだって。自分じゃよくわからないけど、でも苦しくなる時があるからそうなんだ。だからずっとこの病院に入院しているの。
ともだちとは会えないけど、ううん、いないけどさみしくはないんだ。だってママが毎日、おみまいに来てくれるから。パパはたまにだけどね。でもそれはお仕事があるからだから仕方ないんだって。
でも、今日は二人そろって来てくれた。でも、それよりもめずらしいのはママはニコニコ、パパは苦い物を食べた時のような顔をしていること。時々泣いちゃうこともあるけど、いつもは二人ともニコニコしているのにね。
「心臓が見つかったのよ」
ママが自分のおなかをさすりながらそう言うから、ボクはそこにあるの? と、指を差した。
人に指を差しちゃいけませんって怒られるかと思ったけど、ママはニッコリ笑ってうなずいた。
「そうよ、ミッくんのために作ったの」
ママはそう言うとケタケタ笑った。
ボクはよく意味がわからなかったけど、とてもうれしそうだったのでボクも笑っておいた。
でも、ママのおなかが大きくなるとボクにもその意味がわかった。
「弟? それとも妹?」ボクがママにそうきくとママは「ううん、これはミッくんの心臓よ。大きくなったら交換するの」と言って、声を出して笑うの。
それがすごく大きな声だったから、お医者さんが飛んできてママをどこかへ連れて行っちゃった。
ママが怒られないといいなとボクは思ったけど、お部屋のドアが閉まっても、ろうかから聞こえてくるママの笑い声はなんだか少し怖かった。
「ほーら、ミッくん。心臓よー、でももう少し大きくなってからねー」
ママが赤ちゃんを抱きかかえてそう言った。ママはとっても嬉しそうだけどパパはくもり顔。でもボクの頭をなでてくれた。温かった。きっと春の雲だ。
赤ちゃんは女の子だってさ。ボクが「その子の名前は?」ってきくと「ミッくんの心臓だから名前はないの」とママは言った。
でもボクは名前がないのは不便だし、何だかかわいそうだったのでボクがつけてあげた。
「ミナ」
ボクがそう呼ぶとまだ赤ちゃんだけど自分のことかわかったのか笑った。
ボクがミッくんで君はミーちゃん。ミーちゃんなんて何だか猫みたいだけど名前がないよりいいよね。
二人は、とくにママはうーん、って顔をしていたけどボクのわがままは大体聞いてくれるんだ。ミーちゃん。早く大きくなってね。ボクのしんぞうちゃん。
ミナはすくすくと育った。ついこの前まではハイハイもできやしなかったのに、もう立って歩けるようになった。
病室を歩かせるパパとママは楽しそうで、家でもあんな感じなのかなとボクはどうしてだか胸が痛くなって手で押さえた。
すると、心臓が痛いのかと思ったのか二人が心配してかけ寄ってくれた。
ボクはうれしかった。ミナもフラフラと歩いてきた。
にーちゃんだって。
ボクの心臓。早く大きくなってね。
ああ、また胸が痛いや。
「おにいちゃん」
ミナはもう走れるほど成長した。と、言うか走りすぎだ。転んで病室の床におでこをぶつけると大泣きした。
僕がおいでおいでと手招きをすると顔をぐじゅぐじゅにしながらそばに来た。
頭を撫でてやると「おにいちゃん、おにーちゃん」と繰り返してベッドに顔を乗せて眠そうにした。
本当に猫みたいだ。最初に口にした言葉らしい言葉が『おにいちゃん』なんだってさ。お父さんとお母さんが覚えさせたのかな。違うかな。
本当によく育った。
心臓の移植手術をするならそろそろだ。
もう時間がない。
多分、今病室の外でお母さんたちはお医者さんとそんな話をしているんだろうな。ドアに隙間はなくてもそんな空気がよく伝わって来た。この病院が家だもの。僕にはよくわかるのさ。
「おにちゃんおにぃちゃ……」
ミナが呟きながら瞼を閉じた。涎を垂らし、このまま眠りそうだ。
先に病室に戻って来たお母さんはそっとミナを抱いて椅子に座った。
「もーしょうがないわねぇこの子は」と笑うお母さんはいつからかミナのことを僕の心臓とは呼ばなくなった。
そのお母さんがたまにする寂しそうな目。それは僕とミナを目にするとき。でも僕を見るときの方が数が多いんだ。
この前、こんな話を知った。豚や牛といった、いずれ食べる動物には名前をつけないんだって。理由は情が湧いちゃうから。本当だね。
あーあ、失敗したなぁ。
僕の可愛い心臓。
お父さんとお母さんをよろしくね。
病室に戻ったお父さんと椅子に座るお母さんに僕が今後の話をしている最中も妹は指をしゃぶってぐっすり眠ってた。




