女性のための相談所
ここは女性のための、とある人生相談所。そこの先生は男であるが、異性であるからこそ変に見栄を張らずに正直に相談できるというもの。
これが同性かつ自分よりも美人でスタイルもよければ収入や素敵な恋人、学歴だっていいだろうとあれこれ推測し、つい身構えてしまう。
男相手だからこそ岩に話しかけるようなもので、プライドが邪魔をしない。それに相談事というのは男がらみのものが多い。友人女子とは違った視点からアドバイスを貰える。先生もそれを理解しているから父や教師、何なら祖父のような温かみのある雰囲気を出すことを心がけているのだ。
ビルの中にある小さい相談所なので受付カウンターは別になくても良かったのだが、そこに女性を据えてワンクッション入れることにより、ここは安全なのだと思ってもらう狙いがあった。
相談内容を当然ながら同意のもと、プライバシー保護のために改変し、本にして売っているから相談料金は控えめである。
という訳でそこそこ人気があるこの相談所に、今日も一人の女がやって来た。
ちょうど、立ち上がり欠伸をしながら伸びをしているところだった受付の女はパッと手を下ろし、ばつが悪そうに咳ばらいを一つした。悩みを抱えてここに来る女性を前にして文字通り、伸び伸びとやっている姿など見せては反感を持たれかねない。
幸い、気弱そうな女性なので不満な顔は見せなかったが彼女は何か言われる前にとサッと笑顔を作り、言った。
「どうぞ、奥の部屋へ」
「……あ、あの、私、外の看板を見てついフラっと入ってきてしまって予約がないんですけど大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろんですとも! 言わばここは女性のための駆け込み寺。先生は全てを受け止めてくれます! ちょうど予約も空いてますしね!」
「よ、よかったぁ……」
と、ここで彼女はしまった! と手で口を覆った。本日二度目の失態。確かにこの時間、相談の予約が入っていないが、その理由は今、先生が昼食をとりに行っているからである。
先程の失態を取り返すべく、自信満々に言ってしまっただけに今更いないとは言えない。
そして相談に来た女はもう相談室のドアをノックしている。おまけにドアに向かう際に見えた横顔は希望に満ちたものであった。ますます言い辛くなったというもの。
「失礼します……あ、あれ? 誰もいな――」
「どうぞ、椅子におかけください」
「え、あれ? あ、あなたが先生でしたか」
「そうですとも。ささ、どうぞ座ってリラックス。そうだ、座る前に伸びをしてください。ええ、いいですよ。その調子です」
「なんか……少し心が楽になった気がします。さすがです……それでさっきも伸びをしていたんですね」
「み、見て、え、ええ、そうです。アメリカの精神医学学会で推奨されている健康法ですよ」
失態の上塗り。もはや引き返せないことを理解していた彼女は最後までやりきる覚悟を決めた。
受付だけど先生の助手と言っても差し支えないはずだ。できる、私にはできる……と。
「それで、相談というのはなんでしょうな?」
「は、はい……実は私、その、先生のような立派な方を前にして恥ずかしいんですけど……その、パパ活、男性からお金を貰って、その体を……」
「いやいや、恥ずかしがることはないですよ。お金と体の交換、古来から世界の国々で行われてきたことです。むしろ、あなたはその身一つでお金を稼いでいる。需要と共通を満たし、男性の心も満たしている。
生きていくというのは綺麗事ばかりではない。ええ、あなたは立派ですよ」
と、彼女は自信満々に言ったが後悔した。つい、喋り過ぎてしまった。聞く側に回ることが大事だと前に先生が話していた気がするのに。
気をつけなきゃ、でももう遅い……? と、彼女は思ったのだが、意外にも好感触。女は涙ぐんだ。
「……ありがとうございます、先生。その、私、友達もいなくて心細くて……。その上、あの男……」
「大丈夫、ここでのことは外に漏らしません。安心してお話しください」
「はい、この前会った男なんですけど……。食事の時はすごく優しく、素敵な男性だとさえ思ったのに……。ホテルの部屋に入った途端……うっ……私の頬を引っぱたいて……それで、私、怖くて、全然動けなくて……うぅ……」
「大丈夫、ここに男はいません。女だけです。さあ、話して」
「その男は、私の体を貪り、満足したかと思えば……実は撮影してたんだって、カメラの映像を見せて……その時には私の財布の中の免許証も写真に撮られて『大学にバラされたくなかったら今後はタダで抱かせろ』なんて……」
「ひどーい! 最低! 嫌い! あ、いえ、まったく最低な男ですね」
感情が高ぶり、つい声を上げてしまった彼女は慌てて取り繕った。
それにしても大学生とは思わなかった。若そうだとは思ったが生気がない。かなり思い悩んでいたのだろう。これは絶対に救わないといけない。
彼女はそう決意を新たにし、むん! と顔に力が入る。
「しかもそれだけじゃなく……あの男はその後会う度に撮影の他に私にお金を要求してくるんです」
「え、そもそもお金がないからのパパ活なのに!?」
「はい、私もそう言ったのですが、いえ、言わなくてもあの男はまず暴力を振るい、そして……なら体で稼いで来いと……」
「ひどすぎる!」
「でも嫉妬深くて……『下は俺のモンだ! 入れさせるな! 口と手だけで稼いで来い!』って耳元で怒鳴るんです……。『売春やっているような脳なしじゃ大きな声で言わないと理解できないだろ』って」
「悪魔……」
「はい……もう、私……死のうかと思って……それでこのビルを見上げたんですよね、それで看板が目に入って……」
「……それはね、きっと神様のお導きですよ。あなたに踏みとどまってほしい、生きて欲しいっていうね。
神様だけじゃないです。私もそうです。あなたに生きていて欲しい。あなたが死んだら悲しいです」
「せ、先生……」
「さあ、ほら立って! 伸びをしましょう! リラックス、リラックス! 体を動かして、そう、あとそれから、そう! その男に向かって言いたいことをここで全部言ってやるのです!」
「ぜ、全部ですか……でも、思い出すと、私、怖くて……」
「大丈夫! ここにその男はいません! むしろ、姿を想像して! さあ、大きく息を吐いて吸って! 言うのです! ほら、クソ野郎!」
「え、えと、こ、このクソ野郎! ゴミ!」
「そう! これはえっーとアメリカの心理学者の権威のえーコルマチョフ・バカンティ教授が編み出した心理療法なのです! さあ、続けて! 自分を解放して!」
「ほ、包茎! くさくさ野郎! 皮下脂肪! バカ! クズ! イイ男気取り! ナルシスト! 猿! 温水洋――」
「いい! いいですよ! でも無関係な人の個人名はやめておきましょう! さあ、続けて!」
「ゴミムシ! 死ね! 死ね! 死ね死ね! 病気になれ! 殺してやる!」
「そう! さあ、どう殺す!」
「目を潰す! 指入れてやる! アイツが私のあれにしたように乱暴に入れてやる!」
「それから! それから!」
「玉を潰してやる! アイツが私の胸を乱暴に握ったように! 一気に握りつぶしてやる!」
「いいよ! いいよ! その調子! 輝いてるよぉ! それからどうなっちゃうの!」
「咬みついてやる! アイツが私の体にむしゃぶりついたように! 首も! 耳も! 咬みついて食いちぎってやる! 指も全部食いちぎり! 目とケツの穴に入れてやる!」
「おい! 何の騒ぎだね!」
「え!? あ、先生……あの、これは、その」
彼女は顔面蒼白、しどろもどろになったが、先生の顔はそれよりもさらに白くなった。そして呟く。
「き、君は……」
「こいつだ! 殺す! 殺す殺す殺す! 殺すうううぅぅぅぅ!」
彼女は悲鳴と血が咲き狂う惨劇を前に、静かに小さくラジオ体操を始めたのだった。




