誰がロボットを壊したか
とうとう、わが営業所にもロボットがやって来たぞ!
ロボットとの初顔合わせの日。上松部長はそう言って肥満気味のその腹をでんと突き出し、横に並ぶロボットの肩を抱いた。
室内で拍手が巻き起こるも手を叩く社員一同、どこか浮かない顔。
かく言う俺もそうだ。ショッピングモールではお掃除ロボット。ファミレスやチェーン店の飲食店では配膳ロボットなど各地でロボットが導入されるようになってから何年か経ち、とうとうここにもか……と俺は何とも言い難い、少なくとも良しとはしない思いに囚われていた。
特に、工場など単純な作業の場ではロボットが人間の仕事を奪い、職場の隅どころか路頭へと追いやるなど仕方のない事なのかもしれないが、明日は我が身。元々、気が強くない分、ロボットのやつが夢に出てきて、大量の寝汗をかいた程だった。
だから俺は朝礼にて、そのロボットを紹介されたときもその後の歓迎会でも目に入るたびに引きつった笑いしかできなかったのだが、いざこうして壊れたロボットを前にすると、自然と悼む気持ちが込み上げてきていた。
「……で、問題はどうやって直すかだ」
上松部長は胸の前で腕を組み、そう言った。
「まずメーカーに電話すればよろしいのでは……」
下野がおずおずと言った。奴は同期だが仕事ができる男ではない。
しかし、よく考えもせずしゃしゃり出るのが好きな男だ。またかと思った俺の予想通り、上松部長の怒号が飛んだ。
「バカ者! それじゃうちが壊したことが本社に筒抜けだろう! いいか? このロボット、タイラくんはな、本社がうちの営業所を見込んで送ってくれたものなんだ! その名誉の証を何だ、壊しただと知られてみろ! 私が責任を、ああ左遷されるかもしれないじゃないか、いや他の者もだぞ! 何せこのロボットが来てからまだ一ヶ月しか経っていないのだからな!」
「す、すみません!」
上松部長のお叱りを受け、下野がわかりやすくしおらしくなり、他の社員も同様に下を向いた。
しばらくの間のあと、おずおずと中宮さんが手を上げた。彼女は中々の美人だから上松部長も仕切り直すように咳ばらいを一つしたあと、表情を柔らかくし「なんだね?」と訊ねた。
「はい、直すのにはまず原因を知ることが大切だと思います」
当たり前のことを言っただけのように思えるが、上松部長はうんうん頷いた。
まったく、狸ジジイと言うかなんと言うか、しかし、ここで建設的な意見を出せば部長、なんなら全員からの評価が上がるのは間違いない。他の社員もそう思ったのか相談したり、ぶつぶつ呟き始めた。
そして、我先にとばかりに下野が言った。
「はい! 原因は部長がロボットの頭を叩いたからだと思います!」
場が静まり返った。
上松部長はプルプル震え、そして噴火。怒号と飛び交う唾に社員一同、体ごと顔を逸らした。
それを真正面から受けるしかなかった下野は説教後、これでもかというほど落ち込んだ。哀れ。下を向きすぎて落ちた眼鏡を拾う元気もなさそうだった。
「……ふぅ、いいか、確かに私はロボットの頭を叩いた。しかし、それはな、そもそもロボットの動きが悪かったせいだ!
大体なあ、こういうのは叩けば直るんだ! 実際に叩いたあとはまた動きが良くなったしな!」
「確かに、部長が叩く前から動きが悪くなっていた気はしますね」
「そうだろう中宮くん! さあ、みんな。他に意見はないか? 下野みたく、余計な憶測は遠慮したいものだがなぁ」
上松部長がそう言い、下野を睨むと下野はビクリと体を震わせ、また下を向いた。
と、下野なんかに気を払っている場合じゃない。何か良い案はないだろうか。
確かにロボットは最初の方は調子よかった。先輩に連れられ、回った営業先も好評だったと聞いたし営業所にかかってきた電話もハキハキと応じる。
そして、一人で外回りをさせてみれば新規顧客をゲット。文句なしの有能、優秀。まあ、高性能AI搭載に膨大な知識量。おまけにパワーもある。同じようなロボットを取り入れている会社もあるが、まだ数が少なく珍しいので話題性がある。行く先々で食いつかれるのも当然と言えば当然。
現場で活躍してこそとのことで、うちの営業所に配属されたのだろうが思えば、テストを兼ねてのことだったのかもしれない。
暴走だの爆発だの何か大きな失敗があれば、ここの責任者の首切り、あるいは営業所そのものを取り潰せば済む話だからな。
しかし今回の問題はこの場で起きた事だ。本社に知られても内々に処理されることは間違いないだろうが上松部長のあの焦りよう。どうにか責任転嫁したいはず。
的をかけられないように立ちまわりつつ、恩を着せることができれば今後は安泰だ。
となると下野だが……生贄とするには手軽すぎるか? こいつじゃ全責任を負うには力不足な気がするが……。それに追い込みをかけるのも残酷と他の奴らからの心証が悪いか? だが、ここで何か奴がロボットにしでかしたエピソードをぶち込めば確定的……。
「横溝くん。何か言いたそうだね?」
と、しまった。俺に来たか!
「ええっと……」
部長が腕を組んで俺を見ている。何も言えなければ八つ当たりされるだろう。あるいはそれが狙いかもしれない。思い出せ、何かエピソードはないか?
「……部長。横溝氏ですが、前にロボットにお茶をかけていたのを私、見ましたよ?」
し、下野! 貴様、まだ死んでなかったのか! いつの間にか拾った眼鏡をかけ、クイッと直し、クソ! 腹立つ顔しやがって!
「おいおいおいおい、それは本当かね、横溝くん」
「ええっとはい、あのはいといいますかいいえ、ええ、あの」
「確か『防水加工はちゃんとしてるのかぁ?』とか言いながらかけてましたねぇ」
「そ、それは……」
「ほーう、その反応。確かなようだね? なるほどなるほど、もしやそれが原因で……」
「お、お待ちください部長! 確かにロボットにお茶をかけましたが少しですし、それに実際、ちゃんと防水仕様なのか心配したからであり、そう! その日は大雨で! にもかかわらずロボットが外回りをしようとしていたものですから! 防水加工が不十分でロボットが壊れたら一大事と思い、テストしたのです!」
「にしても頭からかけることはなかったでしょう横溝氏。それに、こうも言っていましたね?
『おい、仕事できるからって調子こくんじゃねえぞ。鉄くせーんだよお前』と」
「おいおい、それはひどいじゃないか。差別的というか、なんというか。なあ、横溝くん。これは問題だよぉ」
「そ、それは匂いのケアは社会人としてのえち、エチケットであり……」
「しかもロボットが『私の外装はカーボン仕様なので鉄の匂いはしないかと』と、言ったら横溝氏、『先輩の言うことに反論してんじゃねぇ!』とそれはそれはもう恐ろしい顔で……」
「とんでもない男だったんだな君は……これはよーく覚えておかないとな」
「ま、待ってください! 下野のやつ、そこまで知っておきながら注意も何もしなかったです!」
「ふふふ、横溝氏。そんなの反論としては弱――」
「それに! 俺知ってます! 下野の奴、足を引っ掛けてロボットを転ばしてました! きっとそのダメージが蓄積されて………」
「本当かね下野くん」
「え、え、あの、その、あれ、あ、わし、わたし、あの、その」
「君もわかりやすい男だな」
「で、で、で、でも結局、部長の頭叩きが一番回数が多かったわけですし……あ」
「貴様ぁ、またその話を……」
「すみません! すみません!」
危ないところだった。下野の野郎、覗き見してやがったな。また上松部長の説教が始まったおかげで難を逃れたが……。
しかし周りが俺をどう評価するかだな。このまま不利な証言をされれば吊るされるのはこの俺。しかし、下野を追撃すればそれはそれでドングリの背比べ、同じ穴の狢。二人とも責任を負わされクビ。ありえる未来だ。で、あるならば他の連中も土俵に上げるのが最良!
「ふー、で、他に何かないか?」
「部長! 右川の奴も嫌がるロボットに無理やりナンパさせてました!」
「横溝! てめぇ! あ、あの、ぶちょ、しゅ、終業後の話です! 勤務時間中じゃありませんから!」
「本当かね、右川くん。しかし、ロボットは終業後ここに泊まり込みと言うか待機のはずだが。
上からの説明によるとそこのカプセルで朝まで充電、その間スリープモードだとか」
「それが右川の奴、部長がお帰りになったあと、無理やり連れ出してたんですよぉ! 物珍しいから女の子がすぐ引っ掛かるって自慢げに話してました!」
「ふーむ、それはいいなぁ……じゃなかった。感心しないね右川くん」
「おまけに右川の奴、お前にはこれがお似合いだって玩具のロボット犬と交尾の真似事させてたんですよ! 動画が送られて来たんで証拠も残ってます!」
「おいおい、それはひどいじゃないか。何か申し開きはあるかね?」
「あ、あの、すみません……ですが、直接何か衝撃を与えたわけじゃないですし、余り影響もないかと……」
「それは私への当てつけかね?」
「いえ! 滅相もない!」
「そうは言いきれないと思います」
「ん? どうしたね、中宮くん」
「タイラくんがロボットだとはいえ、感情や愛情はあるかと。つまりストレス。それが大きな原因と言えるのではないでしょうか」
「うーん、確かにそうかも、いやぁ……しかしだねぇ、いくら最先端とはいえ、まだ発展途上。機能により、表情は多少変えられるが感情があるとは思えないがね」
「いえ、確かに彼には感情があったかと」
「ふぬ? と、言うと?」
「彼は私のこと愛していましたもの」
「なに? はは、じゃあ何かね、ロボットが君に告白したとでも?」
「いえ、でも私とのセックスを楽しんでいたと思います」
「は、え? いやいやいや、え? どういうことだね? そもそも彼にはその、ないじゃないかアレが」
「ええ、ありません。だからペニスバンドを装着し、行っていました。終業後、彼を起こして二人きりで」
「お、おお……ちょっと衝撃的すぎて私がフリーズしそうだ。
ん? しかしさっき、君、ロボットも楽しんでいたと思うと言っていたが、つまりは君に実際そう言った訳ではないのか? 楽しかったと」
「はい、無言でした。マグロ男ですね」
「ふ、ふーむ。では結局、感情があったとは言えないのではないだろうか……」
「そ! そんなことありません! 彼は優しい人です!」
「お、おい。急に大声を上げてどうしたね小谷くん……怖いよ君」
「か、彼はいつも私の愚痴を聞いてくれました! みんなはいつも私の言うことなんて無視するのにぃ……」
「ああ、そういえばあなた、いつだか私が彼とセックスしようとみんなが退社するのを待っていた時、中々帰らなかったわね。
それに彼を叩き起こして何か呟いていたと思ったら、そういうことだったの」
「そうよ! だから彼が本当に愛しているのはこの私なの!」
「その、小谷くん。ロボットは君に何か言っていたのかね? 好きだとかその」
「いいえ、何も言わずただただ話を聞いてくれるだけでした。でもそれでいいの。それが愛……」
小谷はウットリとした顔で自分の世界に入ったようだ。前から不気味でヤバイ女だとは思っていたがここまでとは。いや、中宮さんもヤバイと言えばヤバイ。ヤバイ女だらけだ。
しかし、思わぬ候補者たちが躍り出たわけだが……駄目だな。結局、ロボットがストレスを感じていたことを証明できないと物理的なダメージを負わせた俺や下野、部長に責任があると思われる。
俺に関しては本当に防水仕様だったから影響はないし散々叩きはしたが、多くは人目をちゃんと避けていたから問題はないと思うが、もう一押し欲しいところだ。しかし下手な捏造は悪手。どうするか……。
「俺、大森先輩が蹴っているところを見ました!」
「右川! お前見てやがったのか!」
「ははっ! やっぱりね!」
「てめ! カマかけやがったな! このやろ!」
「おいおい、暴力はやめたまえよ!」
「部長! それなら左竹が突き飛ばしているのを自分、見ました!」
「ぐっ、おいおいそれならあいつだって――」
「う、俺だって知っているぞ! あいつが――」
「ぼ、僕も見たことあります! あの人が――」
「私だって!」
「俺だって見た!」
おいおいおい、とんだ暴露合戦じゃないか! ははは、なんてことはない。全員心当たりがあったんだなぁ。しかし、これで俺の件は有耶無耶に。と言うか、こいつらとんでもないなまったく……。
しかし、結局あの野郎、ロボットが動かなくなった原因は何だったんだ? あ……。
「ん、お、おいロボットが……」
「タイラくん!」
「タイラさん!」
「なんだ、直ったのかよ。ふー……」
「よかったぁ」
「いやいや、また壊れるかもしれないぞ」
「お、なんだ?」
「……上松部長」
「お、ん、タイラくん。ははははっ! いやぁ、君が無事でよかったよ。一安心一安心。それで何かね? どうして動かなかったんだね?」
「充電不足のようです。予備電源に切り替えておきました。お騒がせし、大変申し訳ございません」
「は、ははははっ! いやー、そんな事だろうと思ったよ! 単純、単純ははははは! まあ、私は最初からわかっていたがね!
何にせよ、壊れたのではないのならよかったよかった! いやーよかった!」
「ええ、ですが機能の一部に問題があるようで、解決のために開発会社と通信しておりました」
「そうかそうか! ……ん、通信?」
「はい。先程から、この目に内蔵されているカメラで撮影した映像を送っていたのです。
事後報告となり申し訳ございません。しかし、おかげさまで無事、機能の一部が改善されたようです。ええ、今はとてもいい気分です」




