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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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行列

 大名行列ってあるじゃろ? それはそれは立派なモノでなぁ。その行列が道を通っている間は皆、地面に膝をつき、顔を伏せていなきゃならんのだが、わしはつい見てみたくなってなぁ。だってお侍さんやら何やらカッコいいじゃないか。でも顔を上げたら無礼者! ってすぐ斬られてもうたわ。はははは、なあに夢の話じゃ。


 わしがよくそんな夢を見るのも、行列というものに恐れと憧れを抱いているからじゃろうなぁ……。

 お国のために命を捧げる兵隊の行列。ああ、これは夢じゃない。本当の話じゃ。

 わしが住んでいたのは海近くの小さな町でな。村と言ったほうがいいかもしれん。戦争でそこら一帯の若者が徴兵されてな。軍服に袖を通し、規則正しい動きで道を歩くんじゃ。

 それを見送る親たちは泣き崩れてなぁ。それでも旗を振って震え声で送る歌を歌うんじゃ。ああ『まあ、あの子ったらいつの間にかあんなに立派になって……』と、いうわけじゃない。死ぬことがわかっていたんじゃ。

 戦況が伏せられていても劣勢であることは、ははは……わかりきったことじゃった。まあ、口に出せば袋叩きにされるがな。

 わしにはよおくわかっていた。行けば必ず死ぬと。

 だから仮病を使って難を逃れた。

 二階の部屋でな、布団から出てな、雨戸を少し開け、その隙間から見下ろすんじゃ。

 

 あいつは知らん奴だ。あいつは知っている奴だ。死ぬ。みんな死ぬ。知り合いも知らん奴もみーんな死ぬ。

 

 恐ろしくて恐ろしくてそれでも目が離せずにいると、行列のみんながわしを見てくるんじゃ。

 どうして来ない? 何でお前はそこにいる? そんな目じゃった。

 気のせい、わしの目の錯覚だってことはわかっている。でもぶるぶるぶる震えが止まらなくってな。ああ、何日も夢に見た。


 結局、連中は全員死んだ。乗せられた戦艦があっけなく沈んだとも戦場となっている島には無事届けられたがそこで戦死したともまあ、詳しくは聞けなかった。

 聞けるはずもないだろう。町の連中はみんな涙で瞼を腫らしながら、わしを恨みがましい目で見るのだから。

 

 何でお前は行かなかった? 何でお前は生きている?


 わしは居づらくなり逃げた。

 逃げて逃げて逃げて、知らぬ山道を歩いていると行列が見えた。

 はて、何の行列じゃろうか? どこに続いているのじゃろうか? 町じゃろうか、店じゃろうか。

 疲れと空腹で頭が働かず、わしはその行列にただ続いていくことにした。

 すると何という安心感か。前にも後ろにも人がいる。守られている感覚、いや、守っている感覚だ。規律、規律。ここには規律がある。列を乱さずただただ歩く。なーんも考えなくていいんじゃ。心地良かった。

 そんな調子でどれほど歩いたじゃろうか、ふと前を見ると大きな岩山があった。はて、行き止まりに見えるが隙間でもあるのじゃろうか? 洞窟? そう思って前の人の背中を見ていると……フッと消えたのじゃ。

 そしてわしは岩に額をゴツン。

 これは一体、どういうことじゃろうか? と、一歩下がり、朦朧とした頭で考えようとするとスッとわしの目の前に、そう、わしの体をすり抜けるように後ろに並んでいた人が進み出たのじゃ。

 もうわかるじゃろ? 幽霊。つまり霊道だったのじゃ。わしが並んでいたのは幽霊の行列。あの世に繋がる道なのか何なのか知らぬが、わしにとっては行き止まりじゃった。

 わしはひぃと声を上げ、列から飛び退いた。連中はそのまま岩の中に消えていったよ。でもな、その間も、わしを見ていた気がするんじゃ。


 何で生きている? 死ねばいいのに、と。


 わしはまた逃げ出した。悲鳴を上げながら山を下りた。逃げて逃げて小さな町に出た。

 行き倒れのところを運よく拾われてな。まあ、体は健康だからそのままその町でしばらく働いた。

 でも周りの人の目が言うんじゃ。お前は健康そうだな。どうして私の息子は死んだのに……。まだ戦っているのにどうして……。本当は病気じゃないんじゃないのか?

 と、また居づらくなったわしはまた逃げた。で、また小さな町で働き、また逃げて……。

 そんなことを繰り返しているうちに戦争が終わった。

 万歳万歳。平和万歳。つらく苦しい事もあったがそれでももう兵士として連れて行かれる心配はないんじゃ。

 わしは働いた。一生懸命働いた。

 するとある日気づいた。

 わしは行列の中にいると。スーツを着て電車に乗る会社員の行列じゃ。わしは嬉しかった。憧れの行列、その一員になれたのじゃから。

 わしは笑った。大笑いした。人目も憚らずな。周りの人は眉をひそめ、わしをやれ気狂い呼ばわりしたが、わしは構わなかった。

 笑った笑った。涙を流して笑った。やがて涙だけを流してわんわん泣いたのじゃ。聴こえるのはわしの泣き声だけ。目に映る景色が滲み、世界が遠のく中、聴こえてくるのはあの時の軍歌。そして軍靴、その振動。体で肌で頬で感じておった。いつの間にかわしはあの日の行列の中、みんなと同じく軍服を着て歩いておった。

 

 いっちっに! いっちっに! と幸せな気分じゃった。

 ……だが、突き飛ばされてしもうた。

 ああ、恐ろしや。どうしてそんなことをするんじゃとわしは見上げた。すると、みんなが嘘つき! 仮病! 非国民! と、そんな目をして、倒れたわしを見下ろすのじゃ。

 わしは悲しすぎて、怖くて、体が痛くて、泣くのをやめた。

 おぉ、おぉ、おぉ……許しておくれ……わしは目を閉じ、体を丸め謝り続けた。

 どこか、母のお腹の中にいるような気持ちになり、少しだけ落ち着いた。すると、わーわー、声が聴こえてきた。

 「はやくこっちに来い!」「起き上がれ!」「危ないぞ!」とな。


 そう、気づけばわしは行列から外れ、線路に落ちておったんじゃ。軍靴の振動は電車のものじゃった。

 わしは肝を冷やした。悲鳴を上げながら飛び起きて必死に助けを求めた。

 でもまだ電車は遠くじゃったから、そこまで慌てずとも無事助け出され、わしは行列の中に戻った。わあわあ、ああ温かい……。わしはまた泣いた。


 わしは歳を取り、働けなくなったあともスーツを着て行列に溶け込むようになった。

 足が不自由になり、どんどんどんどん置いていかれるようになっても行列の中にいた。独り身じゃ。家族はおらん。早起きして駅に向かうのもだんだん億劫になってきた。開店前や、お昼時の混んでる店などには行列があるが、ただ並ぶだけで一緒に歩くわけではないので、わしには物足りんかった。

 やはり、駅の行列がいい。だから頑張っていたのじゃが、足はますます衰えていき、そのうち行列に入る前に置いていかれるようになってしもうた。

 わしは精一杯声を上げた。

 わしも、わしも連れて行ってくれ。

 一緒に戦わせてくれ。

 そして死なせてくれ。


 するとみんなが立ち止まり、わしを見た。わしはそれが嬉しくて嬉しくて思いっきり腕を振った。

 そうだ。わしはここにいるぞ。みんなと一緒に戦うぞー。

 みるみるうちに力が沸いてきおった。あの若かりし頃の力を取り戻したのじゃ。

 頭の中に軍歌が流れ、大名行列の侍が刀を抜いて踊り出した。銃剣突き上げ、突撃の合図に鼻息を荒げた。敵兵を殺して殺して殺しまくるのじゃ、と。


 そして……わしは取り押さえられた。

 

 そこは元の駅のホームじゃった。地面に頬をつけ、こびり付き黒くなったガムや誰かが吐いた痰が見えた。それに溶け込み、黒ずんだ血溜まりと倒れている人と目が合った。そしてなぜかそばには、わしの家にある包丁が落ちておったんじゃ。

 

 と、こうして、わしは刑務所に入れられたわけだ。不思議な話じゃ。残念。また、みんなと一緒に死に損ねてしもうた。

 でも、実はわしは満足している。なぜかと言うとな……

 

「全員、廊下に出て並べ!」


 おぉぉ、わしは看守さんのその号令が毎日毎日、楽しみなのじゃあ……。

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