困った客
「んーどうすっかなぁ……やっぱ悩むなぁ……ん? ああ、大丈夫大丈夫。もう決めちゃうから。そこにいて。んー、よっし。あー、でもなぁ……。あー、うっし、ハンバーグセットで。んでライスかパンか選ぶんだよね? あー……パンで、あっやっぱライスねライス。いや、パンだな。うん、パンで」
「……かしこまりました。では少々お待ちください」
とあるファミレスに来た男。注文し終えると伸びをし、ふと思った。
――やっぱ米だな。
「あ、すみませーん!」
「はい、なんでしょう」
「やっぱさっきの注文、パンじゃなくてライスで」
「あ、かしこまりましたー」
これでよし、と男は座席に背を沈める。向かい合う形の二人席。赤いソファー。男はそこに一人でいる。
「ホントに何でも頼んでいいの!?」
「今日は誕生日だからな! 好きなもの頼みなさい!」
「やったー!」
ふと聞こえてきた声。壁の仕切りのその向こうからだ。次いで、母親と少女(恐らく少年の妹だろう)の声も聞こえたからこの隣は四人掛けのテーブル席なのだろう。
偉そうに好きなもの頼みなさいってオヤジ……ファミレスだぞ? 値段なんてたかが知れてるじゃないか。
と、男はフフンと笑った。
「ぼく、オムライスがいいなぁー」
――オムライスか……悪くないな、うん。
「こちら、ナイフとフォークになります」
「あー、やっぱりさっきのハンバーグセットキャンセルで。んでオムライスをよろしく」
「……かしこまりました」
男は注文を変えるとまた席に深く腰を沈めた。
「じゃあ、お父さんはステーキにしちゃおうかな!」
――おいおい、主役よりも高いもの頼むんかい…………んー。
「あ、すみませーん」
「はい、なんでございましょう」
「あー、さっきのオムライスキャンセルで。んでステーキを。あ、丁寧に焼いてね」
「かしこまりました……」
「うん、よろしくー……ん?」
「はい?」
「いや、ステーキね。よろしく」
「はい」
「うん……いや、注文終わったからもう行っていいよ」
「はい」
「ふぅー……んん?」
「はい?」
「いや、あのさ、なんで行かないの? いや、システムとか知らねーけど厨房かどっかに注文を伝えに行った方がいいんじゃないの?」
「はい、そうですね」
「うん……いや、怖。全然離れようとしないじゃん……。なんで行かないの?」
「……どうせ」
「ん?」
「どうせまた注文変えるんでしょ?」
「……は? え、まさかイラついてたの? ……いや、頷かれてもさ。はぁー、あのさ、店員なんだからそれも飲み込まなきゃいけないんじゃないの?」
「はぁ……でも変えるんでしょ?」
「いや、それはわかんないけどさ。はははっ、もうほら俺、ステーキの胃袋になってるからさ」
「信用できない」
「は!?」
「嫌い」
「なんだお前!」
「お、お客様!? どうされましたか!?」
「ん、店長か。いやこの店員さんがさ」
「……クレーマー」
「おい!」
「お客様! ちょっと落ち着きましょう! ね? ほら、君。事情を説明して。ん? 何? ハンバーグ……セット変更。そしてオムライスからのステーキ……クソ野郎?」
「おい!」
「お客様! 因みにステーキの焼き方は……?」
「別に丁寧にやってくれりゃいいよ」
「え、て、丁寧に……?」
「でもいいよ、まったく気分悪いなもう……」
「……お前が悪い」
「うおい! さっきからボソッとお前――」
「お、お、お客様! た、大変申し訳ございません! ほら君も頭を下げて! 殺されるぞ!」
「い、いや別に殺したりなんか……いや、すげー怯えてるけど店長? 店長!」
「あ、あばばばばう、ゴホッゲフ!」
「ちょっと! 大丈夫?」
「はぁはぁ……苦しい……毒か……毒だ!」
「いや、アンタが勝手にパ二クって咽ただけ――」
「どどどどどうか、どうかここここ殺さないでくださああぁぁい!」
「いや、だから殺さないって! ほら、武器なんてないし」
「な、ナイフがあるぅ! フォークも!」
「いや、そこの店員がさっき持ってきたやつだから! アンタもわかってるだろ!」
「て、店員とお客様はわ、私が守る!」
「いや、そんな両手広げられても……。いやもう、すごい注目集まってるし……もう帰るよ俺」
「店員には手を出さないで……」
「まだ言ってるよ。ほら、もう帰るから安全安全。まったく何だこの店」
「お客様!」
「今度は何って痛! 腕掴むなよ何だよ!」
「帰られては困ります! 店としての役目がありますので!」
「わがままかよ。俺、こんな注目されたまま食いたくないよ」
「では……ゴホン、どうぞ奥の部屋にご案内いたします! ささ、何卒!」
「奥? 事務室とかじゃないよね? 警察呼ばれても困るよ? 別に何か要求してるわけじゃないんだからさ」
「あささ、どうぞこちらです……」
「……はぁ、もー」
男は店長の後に続いて歩いた。帰りたかったが執拗に引き留めようとする店長とこれ以上、問答を繰り広げたくなかった。
仕切りから、恐らくは靴を脱いでソファーの上に立っているのであろう隣の席の子供と、父親が水面に顔を出す鰐のようにこちらを見ていたのだ。その好奇と嘲笑に満ちた目から一刻も早く離れたかった。
「ささ、どうぞ、このドアの向こうでございます。うちの店員の件は申し訳ございませんでした。何せ高校生の上に新人でしたので……。貴方様の健闘をお祈りします……」
「はいは、え、健闘?」
男はそう言いながらドアを開けた。中には鉄板の上で音を立てているステーキ。それに向かい合う席に中年の男が一人座っていた。
「え、誰……。ステーキはあるけど俺の分? てか相席?」
「へへ、まあ、座りなよあんちゃん」
中年の男に促され、男は席についた。すると……
「うわ、何だ今の揺れ! いや、これエレベーターか!?」
「へへ、あんちゃん、アンタ新人かい? ま、楽しみなよ……今夜のデスゲームをさぁ!」
中年の男がそう言い終わるや否や部屋の揺れが収まり、壁の一部が開いた。
――偶然、秘密の手順を踏んでしまったみたいなんです。
男は目の前に広がる光景を前にそんな言い分を誰が聞き入れてくれるだろうかと、ただ立ち尽くすことしかできなかった。




