耐久年数
「……なぁ、みんな。僕はもう駄目みたいだ。いや、今の言い方だとみんなは『何言ってるんだよ、大丈夫だよ! 現に今も生きているじゃないか!』と言ってくれるだろう……。でもさ、僕はもうとっくに駄目なのさ」
「……それでも言わせてくれよ。君はまだ立っているじゃないか」
「ふふっ、ああ、そうだな。でも僕の足が一本ないことは知っているよね? 体からは骨が飛び出して、ああ、ほら前にテレビさんが見せてくれたあのニュース映像。そう、トラックさんとぶつかって、ひしゃげた車さんみたいだ。複雑骨折ってやつさ」
「折り畳みベッドさん……あんたが死ぬなら俺たちはどうなる?」
「マットレスくん……」
「そうよ。きっと私たちも捨てられるわ! だって、だって臭いもの!」
「そうよ、カビだらけよ!」
「汗染みもね!」
「枕ちゃん、掛け布団さん、毛布ちゃんも……。すまない。でも僕の体に刻まれた年数はもうとっくに経っている。限界なんだよ。意識だってもう……」
「ひひひひひ、耐久年数が何だってんだよひひひひひひ」
「ほら、みんなご覧よ。電源タップくんを……。彼は自分の穴が焦げ付いているのに気づいていないんだ。なあ、大丈夫かい?」
「ぶるるるるひひひひひやー! はっはっはは!」
「しっ! 彼に構っちゃだめよ折り畳みベッドさん!」
「ああ、でもそういうことなんだよ。耐久年数を馬鹿にしちゃいけない。定められた寿命。運命なんだ。それにここまで逆らえたことが奇跡なのさ。テレビさんは……」
「ええ、確かに死んでしまったものね……。冷蔵庫さんも最近、口数が少ないわ。でも私たちは電化製品さんじゃない! まだまだ行けるわよ! 諦めちゃ駄目!」
「強いなぁ枕ちゃんは……。僕はね、実は前から君のことが好きだったんだ」
「えっ」
「君の……君の体から羽毛がふわっと舞い上がって僕の足をなぞり落ちたあの時、僕は、僕は……」
「お、おい……」
「すまないね、マットレスくん。君も枕ちゃんを……でも許しておくれよ。もう、最期なんだから……」
「……ばか。最期だなんて言わないでよぉ」
「枕ちゃん、泣いているのかい? ははっ、嬉しいなぁ……」
「ふんだ、これは湿気よ」
「ふふふっ、あ、体が軋むなぁ……。痛い、痛い……」
「……私も一緒に行くわ」
「え?」
「あなたと一緒に死ぬって言ってるの!」
「お、おい。君まで何を言ってるんだよ!」
「マットレスくん。あなたもわかってるでしょ? 私、もうフワフワじゃないの! ぺったんこなの! 捨てられるのを待つくらいなら死んでやるわ!」
「で、でも俺たちはさ!」
「ええ、わかってるわ。たぶん、折り畳みベッドさんが死んでも私たちが捨てられることはないわ。あなたも床に直接敷かれるでしょうね」
「そ、そうだよ! 死ぬ必要ないじゃないか!」
「そうだよ。みんな、おいらの上に乗ればいいさ」
「ありがとうカーペットくん。でも、生き様はね、死に様で決まるのよ。私は派手に死んでやるの!」
「派手にって……君は別に爆発も何もできないじゃないか」
「いいの! ねえ、折り畳みベッドさん、いいでしょ?」
「……ああ。一緒に逝こう。そうだ、僕が崩れ落ちる瞬間、僕の骨で君のことを刺してあげる」
「まあ、素敵! 私たち、繋がるのね!」
「いや、それ俺も貫かれない!?」
「うるさいわよマットレス!」
「えぇ……」
「はははははは! 実に愉快な話じゃないか!」
「え、この大きな声はまさか……」
「そう、ワシだよワシ。どれ、実はワシも、とうに限界が来ていたんだ。どうだろう、いい頃合いじゃないか? 今夜みんなで逝くというのは?」
「私は賛成よ!」
「僕もです!」
「おいらも!」
「ひゃはははは! 派手に逝こうぜ!」
「ジー、ジー、冷蔵庫。同意」
「我、洗濯機も右に同じく」
「扇風機! 一片の悔いなし!」
「折り畳みテーブルもOKだよ!」
「えぇぇ……ちょ、えぇぇ……」
「では逝くぞ! ぬうううううう! 折り畳みベッド! 発起人はそなただ! 先陣を切れ!」
「は、はい!」
その夜、眠っていた家主の男は突如、ベッドから転がり落ちた。埃と抜け毛塗れのカーペットに体を打ち、背と肘、特に頭が痛む。
起き上がるより先に手を頭にやると湿っていることが分かった。それは枕の流した涙か。それともベッドの鉄骨が刺さったことにより流れ出た血か。電気をつけ、確かめることはできなかった。突然、床が抜けたのである。そしてそこには大きな穴が空いていた。這い上がろうにも共に落ちたカーペットに包まれ、男はもがくことしかできなかった。
そうこうしているうちに更に床は崩れ、折り畳みベッドも、テレビも、折り畳み机も冷蔵庫も何もかも音を立てて倒れた。
そして、さらに広まった穴がそれらを飲み込み、ついには覆いかぶさるように家が倒壊し、屋根まですっぽり埋まったのだ。
その勢いで舞い上がった土が上から降り注ぎ覆い隠し、その家をかつて見たことがある者が見ればきっと『ああ、あのボロ屋ついに取り壊したのだな』と思うだろう。
そこは墓石もない、静かでさっぱりとした墓であった。




