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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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夜の怪物たち

 ある夏の夜のことでした。夏休みも、もうすぐ終わり、何かやり残したことはないかなーと思った私が家の中を適当に漁っていると、お祖母ちゃんの家でした花火の残りを見つけました。

 これはいいものを見つけたぞ、と私はさっそくそれを持って外に出ました。

 ついていくと言って聞かない妹と仕方なく手をつなぎ、一番近くの公園に行きました。うちには庭なんてないし、そもそも煙が出て近所迷惑になるからやめておきなさいと母に言われたからです。

 公園の蛇口でバケツに水を汲み、仏壇の下の引き出しから持ち出したライターをポケットから取り出し、準備OK。


「きゃははは!」

「ふふふふ!」


 妹と二人、花火を楽しみました。

 でも、遊び始めて少し経ったときでした。


「おじょうちゃんたち、花火いいねぇ……火ぃ、くれるかい?」


 背後からの突然の声にびっくりし、私は花火を手から落としてしまいました。振り返ると暗闇の中、ぼんやりと浮かぶ白いTシャツ。男の人がベンチに座っているようでしたが顔はよく見えません。いつからそこにいたのでしょうか。


「煙草吸いたいんだけどさ、火を忘れちゃってね。ほらぁ、おいでおいで」


 その男の人は私に手招きをしました。妹は、いえ、私たち二人とも怖くて立ち尽くすことしかできませんでした。


「ほら、来なよぉ、火ぃちょうだいよ」


 男の人がそう言い、ベンチから腰を浮かせたので私は妹の手をぎゅっと握り、公園の出口に向かって走りました。


「あ、おーい!」


 後ろからの怒号にビクリとしましたが振り返りはせず全力で走りました。

 公園の出口から道路に出てしばらく走った後、妹が泣きだしたので私たちは足を止めました。


「ほら、大丈夫よ……」


 私はそう言い、妹を慰めましたが、ある失敗に気づきゾッとしました。

 バケツを置いてきたことではありません。家の方向とは真逆の出口から出てしまったのです。でも仕方ありません。まさかあの男の人の方に向かって行くわけにもいきませんし、低いとはいえ生垣を突っ切るのには妹は幼すぎます。

 引き返し、出くわすのも怖いので私たちはなるべく明るい方を進みながら家を目指しました。


「おねーちゃん……」

「大丈夫だってば……」


 不安な気持ちを抑え、怯える妹にそう答えたその時でした。


「うおい! どこ行くってんだよ!」


 その大きな声に体が硬直しました。

 さっきの人の声! ……ではありません。その声の主は外灯の近くにいた太った男の人。丸々としたシルエットでわかりにくかったのですが、こちらに背中を向けています。後ろに目がついているのでしょうか。あのつるつるとした頭。そこに瞼が……。

 確認する気はありません。私たちは急いでその場から離れようとしました。でも


「殺すぞ!」


 びっくりして、また体が固まってしまいました。でも、その男の人の体に隠れ、見えませんでしたがよく目を凝らせば道の奥の方にもう一人いるではありませんか。

長い髪の女の人。ウネウネクネクネと風もないのに揺れています。


「あっはっはっは! 殺す、殺してやるよぉ! あっはっはっは!」


 女の人がそう叫び、まるでゾンビのようにフラフラクネクネ不気味に動いています。恐ろしく思った私は妹の手を強く握り、走りました。


「あーっははははは!」

「うおい!」

「ああん!?」

「おじょーちゃんたちどこの子ー?」

「遊ぼーか!」

「おいでおいで!」

「ははははーっは! お酒飲むかい」

「ふざけんなよ! お前!」

「やるかこの!」

「うはー!」

「ひーっや!」


 まるで異世界。恐ろしい怪物たちが私たちに声をかけてきます。

 声が、息が、体温が体に纏わりつくような感覚がし私たちは体を振り、ただひたすら逃げました。

 

 家の前に辿り着いたときには汗でぐっしょり。家の中に入ると、ちょうど母と出くわしました。

 すると妹が母に駆け寄り、わんわん泣きました。私も本当は母に抱きつきたかったのですが夜中、長い時間出かけたことを叱られると思い、強張っていました。

 でも母はただ普通の声で『早くお風呂入って寝なさい』とだけ私たちに言いました。

 どうして怒られなかったのだろう? と疑問に思いながら体を洗い、お風呂から上がると、その理由が分かりました。

 私たちが家を出る前に母が見ていたドラマ。それが今、エンディングを迎えていたのです。つまり、思っていたほど時間が経っていなかったのです。恐ろしい異世界と現実世界では時間の流れが違うのかなと私は思いました。



 翌日の昼間。母と一緒に商店街で買い物に来た私。昨夜のことなどもうすっかり忘れていたのですが、思わず足がすくみました。

 聞き覚えのある声がしたのです。

 それはあの夜、公園で私たちに声をかけてきた男の人。その正体は八百屋さんの店主だったのです。

 しかもそれだけじゃありません。シャッターが閉まった家の二階の窓から顔を出して今起きたかのようにぼーっいるのは、あの夜の女の人。そしてその近くにいた太った男の人はなんと魚屋さんの店主だったのです。 私はただただ黙り、あの時の女の子が自分だと気づかれないように存在感を消すことに努めました。

 この商店街の人は夜になると恐ろしい怪物に変わる。そう気づいたことを気づかれないために。



 そして現在。大人になった私は……。



「うおい! 淫売! どこいくんだよぉ!」


「うるせー! 殺すぞばーか!」


「ああん? 女が生意気言うなよ! 奢ったんだからヤラせろ!」


「うっせ! それくらいでヤラせるわけねーだろ! これ以上ガタガタ言うと本気で殺してやるからな! 消えろピチクソデブ!」


 私は夜の繁華街を練り歩くようになってから色々な事を学びました。

 その一つは夜の闇は子供に厳しく、大人には優しいということ。

 私は夜とも怪物とも友達になり、ふらつく足取りでお酒片手に今宵も楽しく踊るのでした。

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