トンネルのその向こう
夏休み。祖父母が住む田舎に遊びに来た、とある少年。一人で遊んでいたところ小さなトンネルを見つけた。そこをくぐると……
「……あれ、ここは」
少年の目の前に現れたのは、大きな門。そして後ろを振り返ると、トンネルは何故か消えており、果てが見えないほど広々とした空間が後ろだけでなく左右にも広がっていた。
そして、目の前のその大きな門が開かれると、その奥に宮殿があるのが見え更には観覧車、ジェットコースター、恐竜、着ぐるみのキャラクター。一言でいうならおもちゃ箱のような世界が広がっていたのだ。
「ようこそ!」
声を揃えてそう言うと同時に、大勢の人々が少年に駆け寄ってきた。少年は戸惑いつつも笑顔で迎える。そして、彼らに訊ねた。
「あ、あの、ここは……? それにあなたたちは?」
「ここはまさに夢の国さ!」
「何でも思い通り!」
「自分の想像力次第!」
「だから新入りは大歓迎!」
「そーそー! 君の想像力を見せてよ!」
少年は手を引かれ背を押され門をくぐり、言われた通り、イメージしてみることにした。すると
「うわー! これは何!? 見たことがないよ!」
「えっと……僕が好きなアニメのキャラクターで、いや、え、想像したものが現実になるの!?」
「その通りだよ! ここは最高の世界さ!」
「それよりももっと君の頭の中を見せてよ!」
「うん!見たい見たい!」
「かっけーなぁこれ!」
「うわー! すごいすごい!」
「他にも見たい!」
誉めそやされ、得意げになった少年は次々と頭の中のイメージを具現化していった。
そして大好きなキャラクターに囲まれながら、この夢の国を案内され、大いに遊んだのだった。
ああ、楽しい。まさに夢の国……あ、そうだ。じゃあ、これは夢?
「ほらほらぁ! なにボッーとしてるの? これ美味しいよ!」
「これも食べよ!」
「こっちも!」
「今度はあれ乗ろーよ!」
「大丈夫、ここは時間の流れが緩やかなんだ!」
「スペシャルでハッピーな世界さ!」
「チョベリグなね!」
少年が抱いた疑問は風に吹かれるように消えた。その楽しさを前にしては仕方がない。遊び、遊び、遊び……そして、しばらく経ったとき。
「ねえ、あの箱は何?」
「んー箱?」
「うん! 誰かがイメージしたんでしょ? 前からちょくちょく見かけていて気になっていたんだ!」
「私、知らなーい」
「そもそも、どこ?」
「箱なら作れるよーほらほらほら! 中身はお菓子!」
「おいしー!」
……どうしてみんなには見えないんだろう?
時間が経ち、すっかりみんなの仲間入りした少年。しかし、みんなのその反応に蓋をしていた様々な疑念が再び顔を出した。その先頭。
……あの中、何が入っているのかな?
そう思った少年は箱に駆け寄った。その箱は黒色で漆塗り。そして赤い紐で結ばれている。
少年は紐をほどき、一気に開けた。すると……
「う、うわ!」
箱から出てきたのは白い煙。それも前が見えないほどの量。少年は思わず目を閉じた。
……何だったんだろう?
あれ? 体……動かない?
どうして? あれ、ぼく、寝てる? どこに? それに、どうして目が開けられないんだ! 誰か、誰か……!
「先生! い、今、この子、指が動きませんでしたか!?」
「……お母さん、残念ですがほとんど変化は見られないかと」
お母さん? そうだ、今の声……でも瞼が開かないや。
それに先生? じゃあここは学校? 保健室? でも知らない声だ……。
「そうですか……」
「いや、んー、でも回復の兆候は……」
「ありますか!?」
「僅かにですが、ええ、ほら、瞼がピクピク動いているでしょう」
「あああ! 本当だ! ねえ、聞こえる? お母さんよ?」
やっぱりお母さん? でも何をそんなに……。ああもう、瞼が、開け、開け! あ、よし! あれ……お婆ちゃん?
「いいい、今! ちょっと開きませんでしたか!?」
「そう、ですね、ええ。良い反応です。ようやく新薬の効果が見られましたな」
「ああ、本当に良かったぁ! いずれ、起き上がることもできますよね!? ね!」
「それは何とも……しかし、昏睡状態からの回復は不可能ではないかと」
こんすいじょうたい? ぼくが? ぼくは……そうだ。海で海亀を見つけて、それで……岩のトンネルを亀の後に続いて入ったら……頭をぶつけて……溺れた……?
あ……。
「どーしたのボッーとしてさ!」
「そうだよ、遊ぼうよ!」
「あーそーぼ!」
「あははははっ!」
目の前が霞むと同時に、遠くから声がした。
その声は徐々に近づき、そして再び夢の国に戻った少年。
そこの住人である彼らは変わらず楽しげに遊んでいる。
しかし、少年には彼らの笑顔がどこか諦めと狂気に蝕まれているように思えてならなかった。




