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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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暴動が起きた

 暴動が起きた。暴動が起きた。

 教会の屋根に佇む風見鶏のその向こう。宵闇の空を色付けるは燃え盛る炎。

 教会上部、割れたステンドグラスから煤の匂いと獣の叫び声がにじり寄る。

 降りかからないよう身悶え、息を殺し震えるは内から扉に閂をかけ、立て籠もる者たち。

 神父、政治家、軍人、金持ち数名、音楽家数名。いずれも今宵、獣もとい暴徒と化した市民たちの標的であった。

 圧政を敷いた政治家。

 癒着し弾圧する軍人。

 高みの見物の金持ち。

 それら相手に演奏する音楽家。

 いずれも市民とは身なりも生活も雲泥の差。ただし今は汗みどろ。

 元々、神父は左程、身なりに差はないが、神への祈りなど何もならない、暴力こそが現状を変える術と市民が気づいた今、神父も詐欺師も変わらぬ。


 とある屋敷の中庭で今夜もパーティーが開かれていた。

 音楽と下卑た話を肴に大口開けて笑い、酒を料理を楽しむ上流階級。

 しかし、投げ込まれた火炎瓶。それはまさに反撃の狼煙。戦いの火蓋が切られたのである。

 銃を構える警備の者。しかし、多勢に無勢。鉄パイプで頭を割られ倒れた後も殴打殴打。血みどろヘドロ。

 着飾った女の悲鳴が回る。廻る。舞わされ輪姦される。髪の毛掴まれ、引き倒され真珠のネックレスが散らばる。

 頭を抱え銃を抱え楽器を抱えワインを抱え、巣を破壊された虫のように四方へ散る。

 人生の転落など予期していなかった。しかし、周りを見れば地獄のような有様。

 火の手と悲鳴が上がる。

 あの笑い声は悪魔そのものか。

 恐れ慄き、駆けこんだ教会に神の姿はなく、あるのは迷子のような顔をした神父ただ一人だった。

 立て籠もったその後も外から聞こえる、その笑い声。近づけばビクリと体を縮こまらせ、遠のけばホッと息を吐き、体を伸ばす。

 その繰り返しに摩耗していく体と心。

 町が焼かれる、笑い声が飛ぶ、破壊の音。これが勝利の宴だと、音楽だとでもいうのか。ただ身を震わせ、過ぎ去るのを待つことしかできない。


「ここか?」

「ああ、入って行ったのを見た奴がいた」

「開かないぞ」

「だからこそだ。中にいる」


 話し声の後、叩かれた扉。

 ドラムのようにドンドンドンと。

 慌てて駆け寄り、抑えるは軍人と政治家。

 振動が手に、脳に響き、心臓も呼応するように鳴った。

 やがてドアの音は収まったが、今度はガラスが割れる音。

 繰り返し繰り返し割れる音。

 パリンパリンパリンと。

 ステンドグラスと瓶の音。

 火の手が延びる。

 恐れ、顔の前にかざした手の影が伸びる。

 教会の長椅子が燃え盛る。

 悲鳴はもはやここにしかない。外から聞こえるのは歓声嬌声。


 地獄はここか。

 軍人の静止を振り切り、閂を引き抜くも扉は開かず、僅かに開いた隙間から歯が見える。

 そこより聞こえるのは罵詈雑言。口を利く獣に恐れ慄き尻もちをつく。

 醜悪だ。同じ人間とは思えない。

 いや、そもそも同じ人間とは思っていなかった。

 だから今、同じ人間とは思われていないのだろう。


 悪魔は教会の中に。

 獣の口から言葉が舞う。

 軍人、構えた銃は誰に向かう。

 自決だ自決。ひひひと笑う。

 政治家、怒鳴る。救え救えと神不在の教会で誰に叫んでいる。

 金持ち、震える。未だ投げ込まれる火炎瓶の炎から逃げ惑う。

 神父、祈る。今より死後に救いを求め、祈る。

 音楽家、奏でる。

 先陣切るはヴァイオリン。ぎこちなく遠慮がち、かと思えば大胆かつ音を外し、しかしどこか魅力があった。

 その音色に惹かれ、チェロ、ベース、他のバイオリンも続く。ピアニストは手持無沙汰に照れた顔で頭を掻く。

 音が寄り添い、重なり形を成すは讃美歌ならぬ鎮魂歌か。

 一同、顔を見合わせ、身を寄せ合う。

 ゆらりゆれる。音が揺れ踊り、炎のように上へ上へと上がっていく。

 屋根の上で火花が散り、上がっていく。空に昇る魂のように。


 扉が開く。

 はたと演奏を止め、見つめる一同。

 その先にいるのは獣かそれとも人か……

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