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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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24時間テレビジャック!

「いやぁ、ついに今年も始まりました! 24時間テレビ!

さあ今、画面のワイプには24時間マラソンに挑戦中の西田さんが映っていますね! 頑張っていただきたいものです!

寄付の方は、はい、テロップにある口座の方によろしくお願いしますっと、さあさあ、スタジオではこの豪華ゲストたちがゲームに挑戦をっと? え、ど、どなたですか? な、なん」


 司会の男が目を丸くし、見つめるその先。ヌッとテレビ画面の中に入って来たその男は銃を頭上に掲げると、まるで運動会の徒競走の合図のように何の躊躇もなく引き金を引いた。


 銃声。悲鳴は池に石を投げ込んだ音のようにすぐに収まる。

 しかし、波紋は広がるばかり。静まるスタジオ内。息を呑む視聴者。

 が、何もそう真剣になることはない。大方、何かの演出。番組に出ている俳優の映画かドラマの宣伝関係だろう。


「……おい。見ての通りこの銃は本物だ。勝手な動きしやがったら、すぐに撃ち殺してやるぞ!」


 中々、真に迫った喋りだ。見たことがない俳優だが新人だろうか。

 俺が身を乗り出したタイミングで司会者の男も一歩前に進み、腰を低くしたまま男に訊ねる。

 ちょうど、カメラの画角に入るようにしているところが、ベテランの腕だろう。


「あ、あの、い、一体何が目的で……」


「ああ……俺はな、この24時間テレビというものが嫌いなんだよ!

チャリティーと謳っているくせに出演者には高いギャラが支払われる!

元々、芸能人なんて金持ちの勝ち組連中だろ!?

ほら見てみろよ、美男美女の俳優にアイドル、人気芸人、まったくどいつもこいつも偽善者面しやがって寄付するのは割引シールを気にするような一般市民ばかりだ!」


 これは……まさかのテレビ局の自虐ネタか?

 これからこの男を華麗に論破していくのだろう。浅はかだ。ヤラセ。いや、仕込み。

 しかし、出演者であるあの新人女優。ガタガタ震え、少し泣いているようだ。いつだかドラマで見た時は棒演技で酷いものだと思ったが、上手くなったのだな。


「チャ、チャリティーというのは別に、完全に無償という訳では――」


「黙れ! 言い訳なんていい! そもそも24時間走ったから何だって言うんだ!

大体、ペースも遅いし休憩だってある! 血が混じったションベン垂れ流しながらながら走って満身創痍でゴールしたら確かに大したものだが、何なら次の番組に視聴者を繋げるために、ちょっと時間オーバーするように走っているというじゃないか! なんなんだ! この茶番は! 感動ポルノもいい加減にしろ!」


 男が銃を振り回すたびに、出演者たちが、ひぃと短く悲鳴を上げ、怯える。

 やはり、出演者の一人の、あの顔が良いだけの大根役者までその怯えっぷりは真に迫るものがある。まさかこれは……?


「そ、それで、あなたは一体……」


「目的が知りたいか? こんな茶番は終わりにしたいんだ!

謝れ! インチキチャリティーだってこのテレビ局の社長は頭を下げろ! それから――」


「あ、あの!」


「あぁ!? なんだ!」


「そ、その続きはCMの後で、とカンペが……」


「は? ふざけるなよ俺は――」


 テレビ画面がCMに替わった。

 ……何だ、やっぱり仕込みか。ちょっと残念だな。尤も、スタジオにいる出演者のファンは気が気じゃなかったろうが俺はこういったスリルある映像を求めていたのだ。

 番組表を見るも予定と違う。中々のサプライズ。もしかしたら出演者も知らないのかもしれない。これは面白いことを考えたものだ。

 しかし、種がわかればあとはそれこそ茶番もいいところだが、お、始まったか。


「……ん、始まったか? おい、映っているんだよな? スタッフ! ん、よし、もう喋っていいんだな。えーそれでなんだったかな」


「はい、あなたの主張。心の叫びを是非、お聞かせ願いたく思います」


「やけに落ち着いたなお前。なんだそのスーツは。さっきまでみんなと同じダサいTシャツ着てただろ。体育祭のノリみたく、お揃いのシャツをよ。全然似合ってなかったぞ」


「はい、ですがやはりこの方が誠心誠意、あなたの主張を全国へお届けするのにお役立てできるかと思いまして」


「……まあいい。俺の主張だったな。えーっと……だから、その……ん? なんだ?

『俺は常日頃から思っていたんだ。俺たち弱者は』……何て読むんだあれ」


「搾取です。それからカンペはあまり読んでいる感じが出ないよう、自然にお願いします」


「お、おお。えー、俺たち弱者は……いや、ふざけるなよ。

なに、勝手に決めつけてるんだ! いいか! 遊びでも演出でもないんだぞこの銃は! お? 死にたいのか?」


「い、いえ! すみません!」


「そうだ、それでいいんだ。お前の落ち着いた態度には腹が立つ。

あと嘘泣きもな。去年、24時間ランナーの映像を見て泣いていたろ。あれ、わざとらしかったぞ」


「は、はぁよくご覧になられて……」


「まあな。あ、それでどうなんだ? 嘘泣きだろ?」


「い、いえ、そんなことは!」


「本当かどうか怪しいもんだぜ……っておいおい誰だ! 警察呼びやがったのは! クソッ! 通報するなと言っておいただろ!」


「我々じゃありません! 多分、視聴者の中の誰かが! CM中だったので、その発言を聞いていなかったかと! いや、そもそも――」


 刑事らしき男が警察手帳を印籠のようにかざし、画角の中に入ってきた。

 なるほど、ここらで次の展開に移行したいわけだ。


「落ち着きたまえ。私はたまたまこのテレビ局の近くにいた刑事だ。通報がなくても駆け付けるさ。番組を見てあの銃は本物だとすぐに分かった。何せ私は…………プロだからな!」


 刑事の決め顔がアップで映る。ちゃちな演出だ。

 しかし、この刑事役の男も知らない俳優だ。どこかの舞台で活躍している類かもしれない。どうやらリアリティを増幅させるために有名どころは使わない、徹底しているようだ。


「それ以上近づくな! スタジオにいるやつらを撃ち殺すぞ! とっとと出て行け!」


「まあ、待て。さっきネット掲示板をチェックしたんだが、どうやらこれはヤラセだと思われているようだぞ。だから私が本物だと証言しに来てやったというわけだ。この通りほら、銃は持っていない。丸腰だ。しかし、手錠はある。

これでそう、そこのセットの手すりにでも繋げればいい、そうすれば安心だろう。

それに刑事も人質に加われば警察もそう簡単に手出しできないだろう」


「う、まあな……だが、てめえで勝手に繋げ! 俺は近づかないぞ!」


「よし、いいだろう。それくらい慎重な方が番組ジャックの犯人に相応しい。

と、カメラさんこの辺でいいか? 私、映っているか? ん? 大丈夫? よしよし」


「まったく何だってんだ。ん? CM? おいまたかよ! ふざけやがって!

CMなんざ誰も求めてねえんだよ邪魔くせえ! トイレタイムだトイレタイム! え? それは絶対言っちゃ駄目? なめてん――」


 CMに切り替わった。確かに。今のうちにトイレに行っておこうか。まだまだ続きそうだし、ちょっとおもしろくなってきた。思っていたことをはっきり言ってくれて、なんだか胸がすく思いだ。



「……お、CM明けたか? よし、んで女、お前は何なんだ?」


「あ、私はSNSフォロワー200万人の人気インフルエンサーの――」


「知るか! 誰だお前! インフルエンサーって何だ? カリスマの事か? 自分で言うもんじゃないだろ!

どうせそのフォロワーも業者から買ったか水着や下着姿で釣ったかしただけだろう!」


「まあ失礼な! 画面がおっさん三人で華がないと思ってせっかく来てあげたのに何よ!」


「余計なお世話だってんだよ! 華ならそこの新人女優でも立たせておけばいいだろ! お前なんて見るからに整形で豊胸の改造人間じゃねーか!」


「ひどい! 整形の何が悪いのよ! それにそこの新人女優なんて事務所のゴリ押しでしょ! 人気なんてないわよ!」


「ちょっと!」


 やんややんやの言い合いに新人女優も加わった。

 これはまたちょっと面白くなってきたぞ。しかし、またCMか。流す時間は決まっているのだろうか、それとテレビ局側が味を占めているのか?



「……はぁ、女どもの喧嘩を止めている間にまたCMに入りやがって……。さあ、じゃあCM中に話していた、ほら司会の、言え」


「はい、ではここで、ごり押し若手女優VS自称インフルエンサー、手押し相撲対決ー!」


「はぁ、いいか? これで決着ついたらもう揉めるなよ……。さあ、とっとと始めろ。俺はちょっと休憩するからな」


「はい、では両者構えて……始め!」


 と、急に始まったミニコーナー。

 結果は女インフルエンサーの勝利。どうやら勝った方が画角に残るようだ。

 手錠で繋がれた刑事の男の横に女インフルエンサーが立ち、自分のSNSのアカウントのURLを書いた紙を掲げている。

 っと……立てこもり犯が戻ってきたようだが……恰好がなんか小奇麗になっている。

 服装は同じだが、見苦しかった無精髭が剃られ、キャップから飛び出たボサボサ髪も綺麗に整えられ、オールバックになっている。


「……で勝者は決まったのか。うん、まあどうでもいいがな」


「ひどーい!」

「ハハッ! ハハハハッ!」


「フッ。そもそもよく入って来れたな。無関係だろお前」


「局の偉い人が私が働いているキャバクラの常連さんなの。簡単に入れてくれたわ」


「遊んでやがるな。業界人ってのはまったく……」


「他にも俳優さんとか芸人さんも来たことあるわよ。暴露しましょうか?」


「いい、いい。興味ない。そんなのお前のSNSにでも書いておけ」


「はーいっとあ! すごい、フォロワーが3万人増えたわ! ん?」


「なんだ? ん? おい、何なんだお前ら!」


「せーの……!」


「私たち、グラビアアイドルグループのRev.from10eyeヘヴンシスターズです!」


「知るか! 無駄にカッコつけたグループ名で頭に入って来ないんだよ。それで何で」


「私たちも負けてられないなって思って!」

「番組を盛り上げるために」

「来ちゃいました!」

「レボリューション!」

「何でも対決しまーす! いえい!」


 現れたのはウサギの耳を付けた白いビキニを着た五人の自称アイドル。まったく知らない連中だが確かに画面は華やかに、何なら少々いやらしいくらいだ。


「いいから失せろ売名共が!」


「そうよ帰りなさいよ!」


「お前もだよ!」


「えー! でも私たち、誰が立てこもり犯さんをキュンキュンさせるか対決を……」


「帰れ! ん? 今度はなんだ……誰だ」


「あ、全国の皆さんこんばんはー。俺、彼……この立てこもり犯の高校の同級生でして」


「は? ああ、そういえば見覚えがあるな」


「彼の学生時代の様子とか気になるかなって思って来ちゃいました、どーもっす」


「おい……どーもじゃねえよ。消え失せろ……忘れているかもしれないが銃があるんだぞ!

それをのこのこと、そもそもなんだ? 学生時代の様子だ? ああ、よくあるよなそういうの!

だがな、わざわざマスコミのインタビューなんかに応じてんじゃねえよ!

同級生だ、近所の人だなんだカメラの前で嬉々としてあの人はこうだのなんだの喋りやがって、気持ち悪いんだよ!」


 興奮し、男が銃を振りかざ……したところでまたCM。



「……で、連中は追い払ったがお前らは誰だ。ほら、説明しないとCM明けの視聴者がわからないだろう」


「私は女性の権利を守る会の者です! いいですかグラビアアイドルなんて男に媚び売った仕事の人がまあ、はしたない格好ではしゃいでテレビに――」


「いい、次!」


「このテレビ局近くの弁当屋のものです! 皆さんに差し入れに来ました! 平日昼間は弁当が三百円ポッキリなんで是非、皆さん食べに来てください!」


「次!」


「私は社会心理学者のものです。今回、あなたがこの凶行に至った原因を――」


「次!」


「元FBIプロファイラーの――」


「同じような用件だろ、次!」


「お笑い芸人兼コメンテーターです」


「失せろ! 番組の犬め! さあ次ってそこの三人も似た雰囲気だが」


「はい、今回のこの立てこもり事件。一体誰に責任があるか社会は、政府は何をすべきかを公開生討論しに――」


「いい、全員隅に行ってろ! それから……なんだなんだゾロゾロと、おい、おい!」


 おお……確かにすごい数だ。一体、何人スタジオに行っているんだ?

 っと中継が入った。マラソンか? いや、違う。映像は局の外のようだ。

 いや、すごい人数だ! 放送を見て集まったのか? 『立てこもり犯がんばれ』『立てこもり犯カッコいい』等、書かれたプラカードや段ボールを持っている。野次馬共の嗅覚はすごいな。お祭り騒ぎじゃないか。まったく……。

 


 俺も……。





「えー、今回の24時間テレビも残すところ、あと3分になりました。

応援してくれた方々。盛り上げようとスタジオに駆け付けてくれた人たち、そして、スタッフの皆さんのおかげで最後まで駆け抜けることができました。

って司会の! あんた泣いてるんですか! へへっどうせ嘘泣きでしょ? 違う? はははっ、俺も嘘泣きじゃねえよへへへ。

おいおい、ウサギちゃんたちそんな恰好で寒くないか? そうだよ女性の地位向上委員さんよ、そうやってジャケットを貸してやればいいんだよ。女が女に優しくしないで仕事を潰そうとしてどうすんだ。

しかし、寒くて悪いな。見ての通り。外でエンディングだ。時間通りくるかな? 頼むぜホント。放送終了までに間に合わせてくれよ。

で、あとはそうだな、お、討論会楽しかったぜ。アンタたちは最高だぜまったくよ。

弁当屋たちの料理対決も盛り上がったなぁ。差し入れサンキューな。

ああ、差し入れと言えば視聴者のみんなもありがとよ。応援の手紙、心に染みたぜ。

スーツ屋もありがとな。このスーツ、ほら、決まってるだろ? みんな、スーツは赤木だぜ!

あとここまで応援してくれた番組スポンサー、そして忘れちゃいけないのは寄付をしてくれた方々、ああほら、お前らも頭下げろよ。

せーの、本当にありがとうございました!

何と今回多分、歴代最高視聴率に歴代最高寄付額という事でふぅ……ああ、悪い。

娘のこと、思い出しちゃってなぁ。難病で死んだって話はうん、聞いたよな? ありがとよ。

この寄付金で今の子供たちや病気で苦しんでいる人たちが助かることを願うぜ。やっぱ24時間テレビは最高だ!

っと……あれか? 来た! 来たな! おおー! ははは、なんか感動するな! ここだぞー! もう少しだ! 間に合うぞー!

最後にもう一度みんな……ありがとな。インフルエンサーもゴリ押し女優もへへへ、肩組んで、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?

ああ、みんな人質仲間だもんな。ははははっ、え? 俺だけ違う? うるせえよ馬鹿野郎、ははははははは!

おお、同級生たちと先生も今度飲みに行こうな。

テレビ局に集まってくれたみんなもありがとー! はははっその歓声、屋上まで届いているぞー!

……さ、いよいよ終わりだ。全員せーので言うぞ。

せーの! ありがとうございました!

この後のヘリでの逃走劇生中継も御視聴よろしくー!」

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