夢のショールーム
「よぉ山下」
「げ、川上」
クソッ。川上だ。嫌なやつに出会っちまったな……。
ん? 俺は今、なんでそう思ったんだ? 別にこいつはただの高校のクラスメイトだ。
なのに……ああ、そうだ。確か喧嘩したんだった。いつだったかな? 昨日かな? ん? 今はいつだ?
そもそも、ここどこだ? 薄暗いピンクの部屋に海外のガキの誕生日会みたいな飾り付け。
「ほら、乗ろうぜ」
川上のやつはそう言って黄色いソファーを指さした。下にはレール。カーテンの向こうまで続いているようだ。
まるで遊園地の乗り物みたいだ。眺める系の。いや、なんでもいいや。んなことより、なんで俺が川上なんかと乗らなきゃいけないんだ。
大体ここは、ああ、そうか夢か。
成程な。夢ってのは深層心理と関係しているらしい。だから最近、喧嘩した川上が出てきたわけだ。
て、なんだよ引っ張るなよ。クソが。わかったよ。まあ、夢なら別に付き合ってやってもいいか。
ガタンガタンと音を立てながらレールに沿ってソファーが進む。
カーテンが開かれた。この先に何があるってんだ……おぉ。
「女だ女! ひゃっほう!」
川上がソファーを揺らし、はしゃいでやがる。
クソバカが……と言いたいところだが無理もない。可愛い女の子たちが色とりどりの水着を着て、泡と風船だらけの部屋で遊んでいるんだからな。
こいつはいい。最高だ。お、あれは最近好きな女優だ。あっちはアイドルの子。
と、いうことは俺は心理的に女の子を求めているわけだな。まあ、別に普通なことだろうが、ははは、それを川上のやつに知られたようで何だか気恥ずかしいな。
抱き着きたいところなのに、知り合いの前じゃ気が引けるしな。どっか行ってくんねぇかな。まあ、こいつも俺の夢の中の登場人物だし、気にしなけりゃいいといえばそうだが。
「どうした山下? もっと喜べよ。あ、童貞のお前は目も合わせられないか?」
「……は?」
あ。そうだ、思い出した。喧嘩の原因はこれだ。こいつが教室でみんなの前で俺を童貞だと、からかってきやがったんだ。
俺は毅然とした態度でジョーク交じりに言い返してやりたかったんだが、しどろもどろになって大恥をかいた。クソが。
童貞なのは事実だ。クソ。だから何も言えずっとああ、もう終わりかよ。部屋を出ちまう。もったいない……。
またカーテンが開き、次の部屋は……。
へえ、お次はハーレーか。
無人のハーレーがバッファローのように群れを成して部屋の中を走っている。
ぐんぐんと部屋が広くなっていくのは夢の仕様だな。すげえ、いや、これ下がベルトコンベアみたいになってんのか? まあ、いい。夢のことだしな。でも、なぜバイクの夢を……そうだ、雑誌だ。あのグラビア雑誌の広告ページでハーレーを見てかっこいいなと思ったんだ。
でも俺がそう思ったのも川上の野郎がきっかけだ。ムカつく。
いつだかバイクの免許を取ったと自慢していやがったんだ。
「ブンブンブーン!」
うるせえぞ川上。夢の中でも、いいや、さらに憎さ五割増しだ。クソ野郎。
あーあ、俺だってバイクに乗ってみたいし女にも……と、もう次の部屋か。
ここは……うげぇ、部屋中に数式だの漢字だのがびっしりだ。それに教科書みたいのも積み重なってやがる。まさに勉強部屋だな。
しかし、なんだこの嫌悪感って当たり前か。俺は勉強が嫌いなんだ。それが夢になって現れて、ああ胸焼けがするぜ。
「おーい、この問題わかるかぁ?」
川上の野郎ニヤニヤしやがってウザってぇな。こいつ、ああそうだ、こいつは勉強ができるんだ。ムカつく野郎だ。現実でも見下した態度で俺に構ってきやがってクソが。
この問題? グチャグチャじゃねえか。読めるかよそんなもん。
……ん? あそこ、教科書と教科書の間。なんだ、あれ? グチャグチャ……。
あれは……猫。うげぇ、死体だ。それも腐ってやがる。ひでぇもんだ。臭いまで、うわぁ、夢だってのによ。でもなんで、ああ、そうだ。いつだか現実で見た覚えがある。きっとそれが原因だ。まったく嫌なもの見たぜ。さ、この部屋も終わり。お次は……。
「うおっ!」
「おいおいどうした山下。びびってんのか?」
川上の野郎がケラケラ笑う。仕方ないだろう。目の前にナイフが吊るされてんだから。あぶねえところだった。
しっかし、この部屋。天井から数えきれねえほどのナイフが飾りみてぇに吊るされてる。
おっかねえし危ねえな。なんなんだ? 傷ついた俺の心を表現してるのか? ははっ、とんだアーティストだぜ。
「ひひひひ、ビビってやがった。お前は異常だよ山下。みんなに言ってやろう」
うるせえ川上。 第一、ビビってたのはお前だろ。
……あん? 何がだ? まあいいや。にしても夢とはいえ、やっぱ川上に俺の心の中を覗き見されてるみたいで気分悪いや。どっか行ってくんねえかな……。
このソファーから上手いこと突き落として轢かれねえかな。はははは、アリだなそれ、ああ、そろそろ次か。
っと何だ。ネタバレかよ。
猫がカーテンの内側から出てきたじゃねえか。一、二、三と。
にしても、部屋はあといくつあるんだ?
まあ、いくつあろうが朝になって目を覚ませばそこで終わりだろうが……。
お? やっぱり猫だらけの部屋だ。
なんか変な感じだ。薄橙色の、何もない部屋。
終点はここか? 先がなさそうだ。ニャーニャーニャーっとはははは。猫どもが鳴いてやがる。
ん。なんだ川上――
「うお! やめろやお前!」
「へへ、へへへへ! 異常者! 異常者!」
「それはお前だろ! ナイフ、持ってきてたのか! おら、やめろ! 放せ!」
「へへはははははへへひひひひひひ! イカれてる! お前は異常者だ! 山下! 異常異常! 異常者! 異常!」
ナイフを奪うと川上は防犯ブザーみたいに騒ぎ出し、猫どもも田んぼの蛙みたいに鳴き始めた。
部屋の壁や床が女のアソコみたいにパックリと開いて血みたいな赤いのがドロッと出てくる。
「バイト帰り! 俺バイトバイト帰り! 何してんだ! 何! 怪しいと思ったんだんだんだ!」
「うるせぇ!」
「言ってやる! みんなに言ってやる! 気持ちわりぃみんなに! 気持ち気持ち気持ちいい悪い! 何してると思ったんだこんな林の中で怪しいと思ったんだ!」
「……うるせぇ! 猫くらい何だってんだ! 憂さ晴らしだ! そもそもお前がストレスのもとなんだよ!」
「みんなに言ってやる! 通報してやる! 警察警察童貞野郎! 死んじまえ! 異常者だ! バイクの免許取ったんだぜ! 死ね!」
「死ぬのは――」
……目が覚めた。まだ夜中……ああ、寝汗で寝巻がぐっしょりだ。
……夢ね夢。夢、夢……ああ、妙に頭に残りやがるなぁ。
「……猫。ナイフ川上、肉、汗、血、悲鳴悲鳴……ははは、死んじまえ……」




