酔いどれどろどろみどろ
「いやー、えらい事になったっていうのに落ち着いていられるのは、お前がいるからだろうな」
「へへ、俺も同じことを考えていたよ。ま、経験の積み重ねもあるがな。前と同じく荒れた天気」
「んで運良く山小屋を発見」
「そしてほれ、前と同じく強めの酒を持ってきておいて良かったなっと」
「飲み明かしてやろうと言って、ここで二人、大笑い」
「ははははははっ!」「ははははははっ!」
「いやー、飲もう!」
「おう! もう飲むしかない!」
夜中、大雨と風が打ち付け、軋む山小屋の中。
二人はそれを物ともせず酒を酌み交わす。
虚勢じゃなく、不安はなかった。彼らが話した通り、以前にも似たようなことがあったのだ。
その時は酒に酔い眠りこけ、いつの間にか朝を迎えていた。まだふらつき、床で寝ていたせいだろうか痛む体で笑いながら晴れた空の下、無事に下山したのだった。
「……しかし、あれだな。前と同じと言えば」
「ん?」
「いやぁ、何かあった気がするんだが、思い出せなくてな」
「ああ、そう言えば確かに……。そうだ、俺も下山し、家に帰った後、思い出そうとしたんだが、まあ無理でな。
そのうちどうでも良くなってまたいつもの生活に戻ったんだ」
「うーん、なんだったかなぁ……」
「忘れるということは大したことじゃないと思っていたが、そう言われると、また気になってきたな……。
そうだ! 前と同じようなことをすればいいんじゃないか?」
「おお、そりゃいい考えだ! ……と言いたいところだが、あの時もこうして酒を飲むこと以外にできることなんてなかったはずだぞ」
「まあな……いや、待てよ。そうだ、俺ら以外に、もう一人誰かいたはずだ」
「おいおい、その語り口。まるで怪談話じゃないか。
ほら、あるだろ? 山小屋で交代で起こしあっていたら実は一人増えて……」
「ああ、そんな有名な話じゃない。しかし、怪談……あ!」
二人は顔を見合わせた。
思い出したのだ。あの時いたのは
「幽霊……」
二人は、そう声をそろえて言うと震えあがった。
「……いやいや待て待て。あり得ない。酒の飲み過ぎによる幻さ」
「本気で言っているのならその震えは何だ?
それにその時もそんなことを言っていた気がするぞ。
ああ、そして俺はこう言ったんだ。『まだそんなに飲んでいないぞ』と」
「……ああ、わかった。認めるよ。俺たちは幽霊を見た。それで……どうしたんだったかな?」
「二人で身を寄せ合って震えながらまた酒を飲んだんだ。ああ、恐ろしかった。身の毛がよだつ程にな」
「ああ、そうだ言われると頭の中に映像が浮かび上がってきたぞ。うう、飲もう飲もう」
「ああ……。しかし飲みすぎるなよ。まだ何かあった気がする」
「うーん……そうだ、威嚇したんじゃなかったかな?
おいっ! 成仏しやがれ! とドンと言い放って――」
「こらこら記憶を捏造するな。恐ろしくてそんな堂々とできなかったはずだぞ。
しかし、幽霊に対して何かをしたのは確かなはずだ……」
「うーん、駄目だ思い出せそうにない。後は任せた」
「おいおい、一緒に考えようって、なんで脱いでるんだ?」
「いや、酒を飲んだら体が温まって――」
「それだ!」
「おいおい何だ大声出して」
「服を脱いだんだよ! ほら、言うだろ? 幽霊に生命の象徴たる男のモノを見せつけてやれば、追っ払えるとか何とか」
「ああ、まあ驚きはするだろうな……」
「そうだ、それで俺たち二人で幽霊にモノを見せつけてやったんだ」
「あ! ああ、そうだったかな……」
「それでなんとか……いや、まだ追い払えなかったな。うん、幽霊の奴、ジッと見てきやがったんだ。
ああそうだ、あれは女の幽霊だった。
それで、生前モテなくて、男のモノを見たことないから珍しがったのかと二人、ひそひそと話したんだ」
「ああ、そうだな。それで無事、襲われることもなく朝を迎えたんだ」
「いや、まだあるな。そう、酒を飲みつつ、しばらくそのままでいて……そうだ、モノの大きさ比べをしたんだったな」
「はは、そうだっけな……」
「ああ、間違いない。俺が勝ったからよく覚えている」
「勝ったのは俺だ!」
「うん? そうだったかな? 俺の方が……いや、そうだ。
その時も確か言い争いになったんだ。んで……チャンバラ対決をしたんだ。お互いのモノをぶつけあってな」
「なあ、もういいから飲もうぜ。ここはこの前の山小屋じゃない。幽霊も出やしないし、そうだ、笑える話があってな。この前さ」
「いや、まだ何かあったはずだ。ん? 笑える話……笑い。
そうだ、そうしたら幽霊の奴、笑いだしたんだ。
不気味だったが、酔っていたし機嫌を良くした俺らはそれで……そうだ。
モノでいろんな芸をして見せたんだっけな。紐を結んで物を持ち上げたり、ああ、あとヘリコプター! とか大車輪! とか言って振り回して……それから」
「やめとけよ!」
「痛! 何するんだよ! 思い出さなきゃスッキリしないだろ! ん? スッキリ? スッキリしたくて……。あ、ああああああああ!」
「……だからやめておこうって言ったんだ。さあ、飲もう……全部忘れるんだ。ここに幽霊はいない。ただただ飲むんだ」
二人は飲んだ。過去を亡霊とし、置き去りにするためにひたすらに酒を飲んだ。
そのうち寝落ちし、やがて朝が来て山小屋を出ても何を思い出したか、何を覚えていないかを確認し合うことはなかった。




