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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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博士のロボット

 ある日の街中。ゴロゴロゴロとスーツケースか何かを運ぶような音がし、人々は目を向けた。

 そこにあったのは、この街で噂の老人。通称『博士』

 白衣に白髪、眼鏡とオーソドックスな出で立ち。そしてそれが『博士』と呼ばれる所以。実際に発明家ではあるらしいが、買い物か何かかは知らないが町で見かけても誰も詳しい話を聞いたことがない。

 話しかけてもボソボソと喋るだけで親しみにくいのだ。ゆえに何の、どんな研究をしているのかも知らない。

 しかし今、それがなにかわかった。

 博士のその後ろ。ロボットらしきものがついてきているではないか。

 散歩か試運転かはわからないが、気になった一人の主婦が話しかけた。


「あら博士、こんにちは。いいお天気ですね。ところでその後ろにあるのは、もしやロボット……」


「……ああ、そうだよ」


 ロボット。何かと便利な世の中になった現代社会。

 しかし、まだまだロボット産業は未成熟。ゆえにそれを個人で作ったこと自体は驚くべきことではあるが……。


「あ、ああ、ロボットなんですね! えっと、こんにちはっ」


 主婦はそう挨拶したが、ロボットはうんともすんとも言わず。だが別に不思議なことではない。

 何せそのロボット。絵に描くのなら丸と長方形だけで事足りるようなシンプルな作り。

 大きなタイヤが二つ。腕もないシンプルな胴体。そして丸い頭部には目と呼ぶには心もとない二つの穴。ロボットというのは嘘で実は細い透明な紐か何かで、博士が引っ張っていたと言われても驚きではない。


「……じゃあ、私はこれで」


 博士はそう言うとロボットを後ろに連れ、去って行った。

 一同、あれは結局なんだったんだ? とどこかスッキリしない気分であった。


 が、次の日のこと。博士はまたロボットを連れて街を歩いていた。

 ただただ黙って博士の後ろに続くロボット。健気と思えなくもないが可愛げがない。大きさが160センチくらいあるせいだろうか。それが子犬サイズならまだ違っただろう。


「……なあ、博士。そのタイヤだけどよ。どうにかならないか? いや、ほらこのちょっと荒い地面が悪いんだが、ゴロゴロゴロと音が気になるよ」


 魚屋の店主が博士を呼び止め、そう言った。

 博士はそれに対し、軽く頷いただけで何も言わなかったが次の日、また現れたと思えば、なんとロボットに足がついているではないか。

 これには見た者、その対応力の速さに驚き、そして少し笑った。


「ねーねー博士。足があるのに手がないのは変じゃない?」


 子供は無邪気。恐れも知らず気も使わず、ロボットのそのアンバランスさをすぐに指摘した。

 博士は怒りも落ち込みもせず、表情も変えなかった。


 だが次の日。ロボットに腕が取り付けられ、まさにそれらしい姿になった。

 指摘を受け入れる柔軟性、そして行動力に技術力。一同、感心すると同時に悪戯心をくすぐられた。


「ねえ、博士。このロボット、喋らないの? そもそも聴こえてもいないの?」


 博士は頷いた。聞けば博士が持っている発信機の後に続いて来るだけらしい。


「口があった方がいいと思うけどな」

「じゃあ耳もだな」

「それなら鼻もつけたらどうだい?」

「目もいるな」

「もっとスリムにしたら?」

「なにかできないの?」

「うんうん。それにもっと新しい感じがいい」

「そうしたら商店街の、いいえ、この街の名物になるわね」


 そして少し日が空き、ある昼頃。大きく変化を遂げたロボットを見て街の者たちは目を丸くした。

 その姿、まさに近未来的。喋りはしなかったものの『こんにちは』と挨拶すれば、声に反応するのか手を振り返してくれる。博士よりもよほど愛想がいいというもの。


「いやあ、博士、アンタすごいよ!」


「どうも」


「……でもなぁ、反応してくれるのは良いが、ちょっと表情がないよな。

それに……そうだ! どうせなら美女にしたらどうだ?

何か知らねえけどほら、特殊メイクだかゴムの皮膚だかで覆ってさ!」


 八百屋の店主のその場の思い付きの意見。それは採用されたようでまたある日。


「お、おお……」


 博士の後ろに続くのは息を呑むような絶世の美女。誰がモデルかはわからない。恐らく、ネットで美人の画像を収集、手当たり次第参考にし作ったのだろう。しかし、不思議と調和が取れ、思わず見惚れるほど。それに体型も要望通り、これまた思わず涎が垂れるほど素晴らしい。喋らないのは残念だが、その微笑みだけで十分というもの。

 博士は褒め称えられた……が、それは男からだけで女は皆、苦い顔。子供の教育に悪いわ! と眉を吊り上げ、博士に抗議、そして代案を出した。


 その二日後。商店街に轟く黄色い歓声。

 博士の後ろに続くのは何ともいい男とそして笑顔。女たちはこぞって写真を撮った。

 それを何とも面白くなさそうな顔で眺める男たち。

 何が子供の教育に悪い、だ。その子供をほったらかしにして群がって、ああ、みっともないとブツブツ呟く。しかし、その脳裏にあるのは昨日の女型のロボットの姿。

 また会いたい……。そこで男たちは博士に詰め寄った。

 

 やはり女がいい!

 いやいや何を言っているのよ! このままでいいじゃない!

 何を! と言い争う人々。

 

 その結果。ある日、博士の後ろに続くロボット。

 それを見て一同思わず笑った。まるでパンダの着ぐるみのようだったのだ。

 安直だが確かに親しみやすく可愛らしい。でもそれならもっと丸みを、二足歩行よりもローラーに。もっとフワフワに。パンダよりも、ぼくが描いた絵の通りに。いや、それなら、わたしの絵を。もっと動きを可愛く。じゃあ、こうして、ああして……と意見が飛び交い、そして……。

 

 ある日。ついに誰もがニッコリと笑顔に、そして可愛い! と駆け寄りたくなるようなロボットが現れたのだ。

 子供に大人気。先の女や男型ロボットを名残惜しく思いつつも、これならまあ納得だ、と女も男も可愛がる。

 これにて完成と言ったところ。

 博士もボソッと呟く。ガワができた。いよいよ最後の仕上げの時だ、と。


 すると数日後、博士が消え、ロボットだけが街を散歩するようになった。


 ロボットの人気はすさまじく、今や街の名物、活気づいた商店街。しかも、ついに会話もできるようになった。

 その人気っぷりに博士のことなど忘れ、気にする者はいなかったが、ある時、ふと誰かがロボットに訊ねた。


「ねーねー、博士は元気ー?」


「ええ、元気ですとも。望みが叶ったのですから」


 笑顔のみんなに囲まれている博士は満足げにそう答えたのだった。

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