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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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576/705

水平線

【作家として数々の物語を世に出してきたが、その最期は何とも平坦で彩の無い事か。

 目に映るのは大海原。乗っていた船が沈没し、救命ボートで脱出したは良いものの食料はなく、おまけにオールを落としてしまった。

 孤独なのはまあ、そうつらくはない性分だが、もう書くことができないのが残念だ。

 この手帳の手記が私の最後の作品。三流作家にしてはまあ、いい出来かもしれない。

 こうなった経緯。それなりに興味をそそるだろう。私の死後、誰かに見つかることを願う。

 ……願いついでだ。何か果物。そう、リンゴ。リンゴが食べたい。あの滴る果汁をこの口に、喉に。この船にリンゴがあったなら】


 ――ゴトッ


 何だ今の音……あれ、リンゴ? リンゴ! リンゴだ!

 しかし、なぜ? 鳥が運んだ? だが空には何も、目眩がするような陽射しだけ……。

 まあいい。それより、リンゴ、ああ、美味い。最高だ……。この歯ごたえ。蜜、果汁。ああ、すべて、すべて余すことなく私の物……。

 私の物……物……手帳。まさか、な。


【七面鳥とパン、それにワインが船に現れた】


 ――ゴトン


「おお……」


 手帳に書いた物が実際に現れる。奇跡としか言えないこの現象。

 神か? いや、宇宙人、あるいは未来からの救援か。お前はここで死ぬべき人間ではないと。世に作品を残せと。それとも他に、ああ理由などどうでもいい。今は……ああ、うまい! さいこうだ! 満たされていくこの感覚、ははは! 紛れもなく本物! 夢オチなんかじゃないぞ!

 で、あるならば次はそうだな……よし、ん、待てよ。この方が楽か。


【モーターボートが出現した】


 ……駄目か。船に乗るサイズじゃないと無理なのか?

 しかし、がっかりすることはない。検証は大事だ。では次……。


【船外機が出現した】


 これも駄目か……。それさえあればこの大海原を駆けられるのだが……。

 思えば七面鳥もワインも私のイメージ通りの物。つまり、構造など私が細かく知らない物しか出せないのではないか?

 はははっ何ということだ! 作家としての想像力、いや、知識力を試されるとは!

 ううむ……しかし、知らないものは知らない。ここでは調べようもないしな……。


【オールが出現した】


 ……よし、今はこれで我慢するか。飢え死にする心配はなくなったのだ。

 どこかの島。あるいは救助船を見つけるまで耐えてみせよう。そして救助されたその後は、自伝にし、出版するのだ。

 ふふふはははは! 過去のどんな苦も創作の糧にするぞ私は!




 男は笑い、笑い、笑い続ける。

 漕ぎだした大海原。太陽。降り注ぐその白光と果ての無い水平線が正気を奪ったことに気づかずに。

 まだ姿形もない救助隊に早々と陽気に振るその手は同乗者の忘れ形見。

 栓の開いたワインはいずれ駄目になる。リンゴも七面鳥もパンも、他のどの食べ物に脳が変換しようとも、腐るその時は刻一刻と近づいてきている。

 されど狂気の船出は始まったばかり。

 男は気づかずに、気づかぬように、ただただ船を漕ぎ続ける……。





【私は助かる。私は正気だ私は正気だ私は正気私は正気私は無事助かる私は正気私は助かる助かる助かる私は正気私は正気私は正気私は正気私は正気私は

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