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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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ベラドンナの誘い

 夜。とあるクラブで男が一人、喧騒に背を向け物憂げな表情でグラスと戯れていた。

 すると、そこにヒールを鳴らし近づく影が……。


「はぁい、こんばんは。隣いいかしら?」


「……ああ、いいとも」


「ふふっどうも、それで実は何分か前から、あなたの事を見ていたんだけど退屈そうじゃない? みんな、あんなに盛り上がっているのに」


「気に障ったなら謝るよ」


「ふふっ、いいえその逆。あなた、他の人と違うようね。私の名前はキャサリン。あなたは?」


「ランスだ」


「ふふっ、素敵な名前。……ねえランス。

あなたが求めているのはもっと……そう、刺激的なものでしょ?

……いい? あなたは今夜、このクラブを出て正面の店の横の路地に入るの。

直進してそこから出て、右に曲がりその次は左に曲がって、右手にある路地に入る。

そして、そこにあるドア。ふふふ、そこを四回ノックするの。するとこう訊かれるわ。

『ベラドンナの香りは?』

あなたはこう答えるの。

『ナイフで刺されたように痛くて甘い』

ふふっ、十一時ちょうどよ。待ってるわ。

来ないと後悔するわよ? あの時行っておけばってね。

椅子に座り、シワシワの手で痛む関節をさすりながら、あなたはそう思うの。

ふふっ、ええきっとそうなるわ。私の勘ってよく当たるの。

じゃあ後でねランス。快楽の果てのその向こうで待っているわ」


「ああ」


 女は男の肩をさすると、そっとその場から離れた。

 その去り際、チラリと振り向いて男がグラスをカウンターの上に置いたのを見ると微笑を浮かべた。

 今夜はきっと素敵なゲームになる。そう思いながらヒールを鳴らした。






「……はーい、ランス」


「こんばんは、キャサリン」


「驚いたわ。私の名前覚えていたってことは、お酒いっぱいの便器に顔を突っ込んでいたわけじゃないってことね」


「ああ、普段から適量しか飲まないんだ。酔うなら酒じゃなく素敵な体験がいいからね」


「……そう、それは立派な考えね。じゃあ何で昨夜、来なかったの? 『ああ』って返事したわよね?

それともビールの気が抜けたみたいに、ただ口から出た音?」


「ああ」


「それよそれ……まあいいわランス、あなた幸運よ。今夜もあなたを待っているわ。

その扉の向こうにはあなたの想像を絶する刺激が……おっとこれ以上は秘密よ。ふふっ、来るわよね?」


「ああ」


「十一時ちょうどよ。昼のじゃないわ。今夜よ。忘れないでね。じゃあ……妖精たちの舞踏会の会場の地下で待っているわ」


「ああ」






「こんばんわ。ランス」


「やあ、キャサリン」


「……昨夜も来なかったわね」


「ああ」


「いい? 怒ってるんじゃないわよ。私ったら、うっかりしてたわ。

あなたが行き方を失念している可能性を考えなかったのよ。

本当は駄目なんだけどはい、これ。地図よ。合言葉は流石に覚えているわよね?

いい? 『ベラドンナの香りは?』『ナイフで刺されたように痛くて甘い』よ。

……一応、確認なんだけど、来る気はあるのよね?」


「ああ、もちろんだ」


「『もちろんだ』ふふっ、その言葉が聞けて良かったわ。じゃあねランス。深淵から覗き返す者の隣で待っているわ」


「ああ」






「ランス」


「はい、キャサリン」


「……来なかったわね。いや、実は別れた後、私、こっそり、そこの柱の陰からあなたのこと見ていたのよ。

でね、あなたが十一時近くになって時計を見たから、お、いよいよか? って思って身構えたの。

でも、あなた立ち上がりもしなかったじゃない!

女の子からのダンスの誘いも断って、一人でこのカウンター席で閉店までただただお酒を飲んでるだけ!

あなた、ここに何しに来てるの!? いい、あなたは私の言った場所に来るの! ねえ、いい!?」


「ああ、行くとも」


「……ふぅー、賢い選択ね。それじゃあ、はいこれ。地図よ。

無くしたかもしれないと思ってね。ラミネート加工してあるから濡れても大丈夫よ。

夜の十一時ちょうど。つまり二十三時ね。

まあ、ちょっと遅かったり早かったりしても大丈夫だからね。

あの時計の針があの辺をさしたら店を出て向かうと良いわ。

ほんの五分位で着くからね。あの辺りよ。そうそう、指でさして、いいわ! よくできたじゃない。

それじゃ合言葉は『久しぶりのキス。その味は』と訊かれたら『ストロベリー』と答えてね。『ストロベリー』よ。

繰り返して、ほらス・ト・ロ・ベ・リーそうそうできたじゃない! えらいわぁ!」


「合言葉、変わったんだな」


「ええ、定期的に変わるの。あなたがちゃんと来ていれば覚え直す必要もなかったのよ。

ああ、皮肉じゃないわ。怒ってもないの。大丈夫よ。

それじゃあねランス。……もう一度確認なんだけど来る気あるのよね?」


「ああ、あるとも」


「それならいいわ。じゃあねランス。冥界の川のほとりでコイントスして待っているわ」






「……来なかったわね」


「やあ、キャシー」


「なんで? 地図無くしたの?」


「あるよ、ここに」


「おぉ……二枚とも綺麗にあるのねー。でも、あなたのために三枚目を用意したわ。

はい、これ。合言葉も本当は駄目なんだけど書いておいたわ」


「昨日言ってたのと違うな。『ドッグ』と言われたら『キャット』と答えるのか」


「あなたが合言葉を覚えられないと思ってね! 頼み込んで簡単なやつにしてもらったのよ!

ゲームマスターったら苦い顔してたわ! 

ええそうよ、いい? そこではね、デスゲームが行われるの!

力と知と運が試されるのよ! 優勝すれば賞金も出るわ!

ああ、本当は言っちゃダメなんだけど言っちゃったわ! はははは! ああああもう来るわよね! ねぇ!?」


「行くさ。代わり映えのない毎日に退屈してたんだ」


「ふぅー……そうよね。あなたは根性なしじゃないものね」


「誰が相手でも俺をそう呼ぶことを許しはしないよ。キャシー、たとえ君のような美しい女性であってもね」


「呼び方……そういう距離だけは詰めてくるのよね……はぁ、まあいいわ。

ランス。会場で会いましょう。えーっと、竜が持つ天秤のその片方に座り、パフェを食べながら待っているわ」


「……どういう意味だい?」


「うるさいわね! いいからちゃんと来るのよ!」






「……昨夜、ゲームマスターに聞いたわ。気絶させて引きずって連れてきちゃダメかって。

でもね、自分の足で来させたいんですって。意思を尊重したいのね。ねえ、ランス。なぜ来なかったの?」


「よぅ、キャシー」


「……いい? 黒幕、ゲームマスターの正体はね。生き別れたあなたのお父さんなのよ!

会いたいでしょ!? 病気だったお母さんの死に際にも来なかった人に文句の一つでも言いたいでしょ!」


「ああ、言ってやりたいね」


「よぉぉぉし! じゃあ行きましょう! 今すぐに!」


「まだ十一時じゃないが?」


「どうせ今夜も来ないつもりでしょ! 今すぐ私と一緒に来るのぉぉぉ! 合言葉もなし! ドアは開けっ放しだわ! さあさあさあ行くわよ!」


「ああ、そこで何をするんだっけ」


「デェェェェスゲームよぉ! 建物に入ったら地下の階段を降りて部屋に入るの! そこで行われるゲームで勝ったら次のステージに進むわ!」


「次のステージ? 一回じゃ終わらないのか……」


「面倒臭いなぁじゃないのよ! セカンドステージは町はずれの廃倉庫からの脱出!

ゲームの様子はモニターされ、性根が腐った金持ち共の賭けの対象になっているわ!

さっきも言ったけど黒幕であるあなたのお父さんも見ているの! 最終ステージをクリアし、最後の一人になったらご対面! ってわけよ!」


「ええ、どこでだい? あまり遠出はなぁ……」


「大丈夫よ! 全部この町で行われるわ! あなたのためのゲームだもの!

お母さんから引き継いだその天才的な頭脳を覚醒させるの!

ええそうよ、それが狙いなんだけど、はっ! あなたにできるかしらね!

なんでもね、暗号を解かせたいらしいわよ! 古代の宝ですって!

はははっ! 男ってそういうの好きよね!

お父さんはこの町のあのタワーの最上階で待っているわ!

ワイングラス片手にね! ゆらゆらゆらゆら馬鹿みたいに揺らしながらね!

わかったら一緒に来るのよ! 他の参加者もずっーと待たせてるのよ!

どうせ死ぬでしょうけどね! これまでもそうだったわ! あああああ! あんたも死んでくれていいのよ!」


「そうか……行くよ」


「……ふふん、それでいいのよ。大分取り乱しちゃったわ……え? なにこの手錠」


「君を逮捕する。場所は訊き出した。今、警官隊が首謀者の逮捕に向かっている」


「え、あ? あなたまさか……」


「そう、警官だ。親父が黒幕なのはこれまでの捜査で薄々感づいていたさ。

だから人生に不満を持った日雇い労働者の振りして、君の誘いを待っていたのさ。

居場所を掴み、これ以上、お前たちのデスゲームの被害者を出さないためにな。

さて、じゃあここを出ようか。

外で漆黒の機械仕掛けの馬車が、君を正義の砦に連れて行くために待っているからね……」

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