現実は
「……なぜですか。なぜ彼女を採用しなかったんですか!」
バン! と彼は上司のデスクに紙を叩きつけながら、そう言った。
息を荒げ、顔を赤くし、今にも悔し涙を流しそうなそんな気迫に上司は戸惑いを見せる。
「何だね君、藪から棒に……」
「……だってそうでしょう! ここ数年の就職希望者の中でも一番の美人だったんですからね!
あれですか? 美人だから実は性格悪そうだとか苦労知らずで根性がなさそうとか思ったんですか!?
それ偏見ですよへんけぇぇん!
いいですか、僕はね、履歴書が届いたその日から彼女の事を調べ始めたんです!」
「いや、調べたって君ね」
「いいからぁ! 学業の方は実に成績優秀! スポーツ万能でテニスの全国大会に出場も!
友人も多く、気立てがいい! 人の悪口を言っているところなんか見たこともなく、休日は習い事の他に時々ボランティアまで!
かと言ってですよ!? 裕福なわけじゃなくアルバイトをし、稼いだお金を家に入れてるなんてことも!」
「いや、あのね」
「まだ終わりませんよ! 外を歩けば誰もが振り向き、男共に声をかけられるも穏やかなにあしらい、夜、遊び歩くことも無し!
酒は嗜む程度でジムに通いヨガ教室にパルクール!
自分を磨くことに余念がなく、体調管理は万全!
汗の匂いは爽やか! 臭みなし! 髪はキューティクル!
彼女は現代の聖人ですよ聖人! 今からでも彼女を採用すべきです! 彼女がいればなんだってできますよ!」
彼はまるで踊り終えたバレエダンサーのように息を荒げ、虚空を見つめた。その瞳には幻想に散った彼女との日々が映っているのかもしれない。平穏で輝かしい未来を。そしてまだ取り戻せるとも。
「……いや、うちの探偵事務所。尾行による不倫調査がメインだから美人過ぎて外で声をかけられたり、印象に残ったら困るんだよ……」
「あー……」
「……嘘! 不採用通知!? ここも駄目なの!?
……はぁ、幼い頃からの夢。美人スパイを目指して頑張ってきたのに、スパイ組織は見つからないし、妥協した探偵事務所も駄目……。
フリーで活動しようと思い、お金になりそうな企業に就職もとい潜入したらしたで、男たちが終始見てくるし、女たちはあることないこと私の噂を流布して全然思うように動けない。私、向いてないのかしら……。
モデルや芸能事務所のスカウトは来るけど、そんなの……あら?
このメール、へぇ、立候補、私が政治家に?
うーん、でも志や愛国心もないし現実には無理よね……でも、政治家になれたらいっそこの国の機密情報を売って、そうよ、もっと国同士の対立を煽ってそれから……」




