賽銭王
――と、いうわけで神様、どうかお願いしますよっと。
「え、あれ?」
「ん、え?」
「えっ」
「えっ」
どういう状況だこれ……。いや、こういうときは落ち着け俺。まず、えーと、初詣。長い行列の中、ゾンビみたいにノロノロと進んで
ようやく賽銭箱の前に到着。目を閉じ、手を合わせお祈り。
……で、目を開けたら何もないこの真っ白な空間。それに横にいるコイツは俺の幼馴染で……。
「うおっ」
「え、うおっ!」
俺たち二人の目の前に、まるで初めからそこにいたように現れた白髪の老人。その見た目からしてまさか……。
「そう、ワシ、神様」
「え、ええええ!」
「マジ!?」
「ここはワシが作り出した空間。時間を止め、ここにお前たち二人の精神を呼び出したのじゃ。
で、その理由が知りたいわけだろう? お前たち、ワシに何を願った? ほら、改めて言ってみろ」
「え、それはその……」
「あ……いや、うん」
あれ? コイツのこの反応……。
「なんだ、言わないのか。まあ、人前だしな。恥ずかしいか。だがその願い、叶うぞ。この神が保証してやる」
「え、マジ? あ、本当ですか!? 叶えてくれるの!?」
「え、おお、やったぁ……」
俺たちは喜んだ。でもその願いって……。
「そう、察しがついたとは思うが二人とも同じ願いだ」
「同じ願い……? え、じゃあ一人しか叶わないってこと!?」
「でも、どっちが……」
「ふぅー……いくらだ?」
「はい?」
「いくら賽銭箱に入れた? ほら、せーので言ってみろ。せーの」
「5円」
俺たちは声がピッタリ揃ったことにどこか照れくさく、顔を見合わせ笑ったが神様の顔は益々、渋みを増した。
「ふざけるなよ貴様ら……。もう言いたいことわかるな?
お前たちのように端金、いやそれ以下で大それた願いを言う者が多いこと多いこと。
うんざりだ。お、じゃあ、多ければ叶えてくれるのか? って思ったろ。
お前たちのちょっと前に賽銭箱に金を入れた社長はな、5万だぞ5万。わかるか? 5万円だ。
今年も奴の会社は儲かるぞぉー。奴もここに呼び出してそう言ってやったわ」
「え、じゃあ……」
「ああ、いい。今、財布を出そうとしなくて。精神のみを呼び出したと言っただろう? 勝負は戻った後だ。では……始め!」
神様が両手をパンと叩いた。
……と、ここはああ、元通り。神社、賽銭箱の前。現実に戻ったのか。まさか夢だったとかはないよな。こんなところで立って眠れるはずないし。
でも本当に、じゃあ、ん? ああ、あの空間に行く前は人が多くて気づかなかったけど、アイツも隣にいたのか。
と、その顔。お前も? やっぱりあれは本当の話?
あ。
アイツが動いた。その手には100円玉。
アイツはそれを賽銭箱の中に投げ入れるとニヤリと笑った。
……はんっ、馬鹿め。舐めるなよ。こっちは300円だ……なんだと。あれは……500円玉! クソッ、やるな。なら思い切って1000円だ! くらえ!
「ふうん、やるじゃないか……だがこっちも行くぞ! その倍の2000円だ!」
「ならこっちは……くっ、3000円だ! これで総額4300円!」
「ならこちらは更に2000円を投入し、総額4600円。だがこれで俺のターンは終わりじゃない。これが何かわかるか?」
「それは……何だ? オモチャか? 2000……」
「ふん、これは2000円札だ! 叔父から貰い受けたもの! いけ! これで6600円!」
「くそっ……これだけは使いたくなかったが……」
「まさか、貴様……」
「そう、俺の切り札、お年玉だ! 行け! これで9300円! これが俺の力だ!」
「フッ、クククク、ハーハッハッハッハ!」
「何がおかしい!」
「貧弱すぎるぞ。力とは、こういうものを言うのだ……!」
「何! それは10000円札!」
「そう、俺のお年玉は10000円! これこそが圧倒的力だ!」
「正気かお前! それでどれだけ、何が買えると思う!?」
「その台詞はそっくりそのまま返したいところだが、あえて言おう。
俺の輝かしい未来のためならこんな金など痛くもかゆくもない! さあ、全速前進だ!」
「16600円だと……勝てない、勝てるはずがない……」
「ハーッハッハッハッハ! 神の祝福は俺のものだ! ハーッハッハッハ!」
「あれ? 二人ともどうしたの?」
「え、ミホちゃん!」
俺たちはまたも声が揃い、顔を見合わせた。
だが今回、浮かべたその笑みはミホちゃんに向けたもの。そしてどういう意味かも、お互い瞬時に悟った。
そして……俺はある起死回生の一手を思いついた。いや、思いついてしまった。
「新年だからって浮かれて騒いじゃダメでしょ? 宿題はやったの? 見せてあげないからね!」
「……ミホちゃん、その、お年玉はもう貰ったの?」
「え? うん、ここにあるけど」
「ミホちゃんごめん!」
「え、ちょっと! 何するの!?」
「貴様! まさか!」
「これで総額19300円! 神様頼む! 俺とミホちゃんを将来、結婚させてくれ!」
「あー! もう! 知らないから!」
……引っぱたかれた上に周りの人たちにクスクス笑われた。それにきっとあとで親に怒られるだろう。人のお年玉を賽銭箱に投げ入れたんだから。
怒って顔を真っ赤にしたミホちゃんはアイツと手を繋いで行ってしまった。
何かおごってあげるよとアイツが言っていたから多分、屋台の方だろう。追う気にはなれない。
でも……神様。俺、勝ったんだよね……? 俺の思い、届いたんだよね……?
「はぁー、小学生にしちゃ頑張った方だな。しかしまあ、はははは。所詮子供だな。
ワシに願いを叶える力なんてない。ただ叶うかどうかがわかるだけ。
そう思わせるために、この空間には勝手に願いが叶う奴しか呼び寄せてないのだ。
そして結婚は一生のうち、たった一人と一回しかできないとは限らないのになぁ」




